2017年11月
国分寺❤️
19日は国分寺にある日立研究所の庭園公開日。年に春と秋の2日のみ。雨が降ると中止。前日の土曜日、冷たい雨が降り続いていたのでどうなることかと思ったが、晴れた。風も止み昼頃には日差しも強まり、紅葉日和である。芝生の広場には模擬店が所狭しと軒を連ねている。国分寺市民のみなさんが家族連れで秋の一日を楽しんでいる。
国分寺崖線。野川の源流はここ日立研究所の庭園内にあったのではないかと云われている。りっぱな大池があるが、こちらは1950年代に作られたものらしい。湧水の場所に列が出来ている。まあ、せっかくなので。…待つこと20分ぐらい。ようやく順番が来た。思ったよりも生ぬるい湧水だ。
all photos taken by Summilux 50mm f1.4 2nd + M9-P
国分寺日立研究所。かつての武蔵野原野を今に伝えてくれる。国分寺❤️となったワタクシとしては是非訪れてみたかった場所のひとつである。
その日暮らし
最近は、毎日がその日暮らしなのである。明日あさってのために今日何を準備すべきか、今日処理しなくてはならないことは何なのかで、小刻みに日々が過ぎていく。それは大学の授業の準備であったり、論文の準備のために読んでいる資料のとりまとめであったり、学生の皆さんへのさまざまなフィードバックであったり、講演やミーティングのための資料作りであったり。個人で依頼いただいている仕事のアイデア出しであったり、スタッフィングであったり、今書いている本の校正であったり。年末調整の準備であったり、確定申告のための各種インプット作業であったり、そろそろ生命保険見直さなくちゃの手続きであったり。そこに学会出張や講演や友人との旅行の日程が入ってきて、今週は健康診断も受けなくちゃ、インフルエンザの予防接種もそろそろ、あ、でも、このカンファランスはなんとしてでも参加しないと、そして、どうしてもあの小説だけは今すぐ読みたい!といった状況がずっと続いている。
まさかこの年になってこんなふうになろうとは。五十も半ばを過ぎたら余裕シャクシャクの人生を送れるものと思っていたが、どうしてどうして。毎日が自転車操業なのである。日々コンテンツのインプット・アプトプットでいっぱいいっぱいなのである。なんなんだろう、この感じ。忙殺ではないけれど、没頭という訳でもないし。でも、この感じ、悪くないなと思う。この年でアタマとカラダをフル回転しながらその日暮らしが出来るなんて、とてもありがたいことなのだと思う。さすがに首肩の凝りが限界を超えているようではあるが。…
有明
SCOTT
日本においしい洋食屋さんは数多くあれど、やはりここの洋食は格別なのである。熱海のSCOTT。昭和21年開業なので既に創業70年を超えている。志賀直哉や谷崎潤一郎も通った名店。
新館と旧館があるが、もちろん私は旧館の方が好みである。名物はビーフシチュー、タンシチューと言われている。でも、私はここに来るとあのデミグラスソースがかかったハンバーグステーキか豚のロースカツを注文する。といってもこの店のロースカツは俗に言うトンカツとは一線を画する。厨房でポーク肉をドンドンと叩く音が聞こえる。ステーキ肉の要領である。そのステーキ肉に衣を付けてカリッと揚げるのである。衣の中に肉汁がぎゅっと封じ込まれている。濃いキツネ色の衣とともに口の中に入れると、香ばしくなんとも懐かしい味がする。付け合わせはアスパラガスのサラダ。そして、パン。ライスではなくパン。洋食屋さんで食べる温かいロールパンはどうしてこんなにおいしいのだろう。
隣のテーブルでは、たぶん80歳は過ぎているであろう、でも矍鑠としたおばあさまが息子夫婦と一緒に背筋をピンと伸ばしてアワビのコキュールを食べていらっしゃる。これからの日本の経済事情について述べていらっしゃる。なんて上品でかっこいいのだろう。後ろのテーブルでは若いカップルが互いの顔を見つめ合いながら食後のデザートを食べている。なんて初々しいのだろう。いいなあと思う。この場所で、いろんな今までとこれからの人生が繋がっている。
ああ、美味しかった。大満足である。最後に珈琲も注文しよう。濃厚な珈琲である。ふだんは絶対に砂糖もミルクも入れないのだが、ここの珈琲は別である。どちらも入れたくなる。さすれば甘くて懐かしい味になる。
闇夜
いつもここから雑木林の中の道を抜け、駅の南口まで歩いて行くのだ。そうすれば3分ほど時間が短縮できる。ところが今夜はどういう訳か公園の入り口にロープが張ってある。立ち入り禁止。でも、構やしない。勝手知ったる道、ロープをまたいで進んでいく。
あたりが妙に暗い。まだ夕方の6時を過ぎたばかりだというのに空が真っ暗である。冬至に向かってどんどん日が短くなっているのはわかるが、まだ夕方の6時なのだ。なのに、この漆喰の闇。風はそよとも吹かぬ。大きな楢の木の脇を過ぎる時、突然右足がぬかるみに沈んだ。くるぶしまで泥に浸かる。立ち入り禁止の意味がわかった。先週まで続いていた大雨のせいで道がひどくぬかるんでいたのだ。
ようやくの思いで雑木林の中の道を抜け、通りに出る手前のところでいつものカフェの明かりが見えてくる。オレンジ色の灯火。ほっとする。ところが、中を覗くと店内には誰ひとりいない。その代わりに入り口近くのソファに古びたフランス人形が一体置かれている。
そのカフェを起点として続いていく通り沿いの商店街はほとんどの店がシャッターを下ろしている。でも、一軒だけ、白々とした蛍光灯が漏れてくるところがあった。今までに見覚えがない店だ。古本屋らしい。女店員がひとり、カウンターに座っている。いらっしゃいませ、と言って挙げた顔の左の頬に大きな赤い傷跡があった。首筋から目元にかけてほとんどえぐれているような大きな傷跡。一瞬ぎょっとしたが、「あ、すみません、まだハロウィーンの仮装のままなので」と彼女は言った。「先週オープンしたばかりなのです。大正時代の初版本とかいろいろ置いてあります。ごゆっくり手にとってご覧ください」
それから彼女はおもむろにこう言った。「11月に入ると闇夜が続きます。死んだ人がたくさん訪ねてくるからかもしれません。そうです、もう冬が始まってしまったのです」