naotoiwa's essays and photos

2017年04月



 パリ在住の翻訳家の友人(もう十数年来のお付き合いである。今まで何人もの素敵なフランス人アーティストをご紹介いただいています!)からご案内をいただき、ジャン・ジュリアンさんの出版記念サイン会に行ってきた。

 で、こんな素敵なサインをその場で描いてもらったのである。天才イラストレーターの手にかかると、なんと、白い修正液までもが画材となるのだ。「これ、日焼け止めのマヨネーズだよ」(って、たぶん、そんな風にフランス語で説明してくれたように思うんだけれど、自信ナシ)そのウィットにゾッコンになる。

jean jullien


 このサイトを見てますますファンになってしまった。1983年生まれというから、まだ34歳。まさにデジタルネイティブな世代であるはずの彼がテクノロジーに対する痛烈な風刺を描く。そのセンスに脱帽である。是非お仕事をごいっしょしたいアーティストである。





 今年も来ることができた。鎌倉は極楽寺の花まつり。4月8日はお釈迦様の誕生日である。天上天下唯我独尊。毎年、この時期だけ、極楽寺の本尊である清涼寺式釈迦如来像がご開帳となる。

 清涼寺式釈迦如来像というのは、釈迦の姿そのものを刻した仏像と言われている。つまりは生身仏ということ。だから、お姿はとてもエキゾチック。抹香臭くない。なかでも、ここ極楽寺のものはなんとも若々しいお姿。身長157.8センチ。襞の文様が水の波紋のように広がる衣装に包まれた体躯はスタイル抜群。アイラインがくっきりのシャープな目。鼻の頭が少し擦れているのが愛らしい。そして、施無畏与願印を結ぶ両方の掌は、木造とは思えない生々しさである。手相はやはり百を握っている。ますかけ線を為している。

 極楽寺の釈迦如来立像。日本に素晴らしい仏像はあまたあれど、個人的にここの仏像はベスト5に入る。

極楽寺

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M9-P


 参道の桜は今が満開である。花曇りの釈尊の誕生日。

花曇り

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M9-P


 花曇り。


midnight

Summicron R 50mm f2 + α7s


 sakura in the midnight.




 今まで数多くの珈琲専門店に通った経験があるが、今回訪れたこの店は素晴らしかった。久しぶりに感動。国分寺にある「ねじまき雲」。なにやら村上春樹氏の小説のタイトルめいた店名であるが、ここのコーヒー哲学はまさにプロフェッショナルだった。入れ方を選べるのである。エスプレッソ式、ドリップ式(三つ穴の場合、一つ穴の場合)、サイフォン式、プレス式、そして水出し方式。まさに、入れるのか、淹れるのか、煎れるのか、である。メニュー表に、それぞれの入れ方の原理、その際の珈琲の味わいの特徴が柔らかな文体で記されてある。

 今回はサイフォン式を選んだ。サイフォン式の特徴は粉の中を熱湯が通過するということ。ゆえに熱々の珈琲を好む人には最適。最初は熱さとともに酸味を、そして徐々に冷えて行くに従って甘みが増していき、最後はキャラメルのような、、と書かれてあった。で、実際に飲んでみたらまさにその通り。うまい!

 店内は、ちょっと不可思議でポエティックな空気が流れている。ねじまき雲。なるほど、手巻きの時計がゆっくりと時を刻むようなこの感じ。ねじを巻かなければゆっくりと止まってしまうかもしれないこの感じ。でも、そうなったらそうなって構わないんじゃないと思えるこの感じ。

ねじまき

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 次回は、やはりこれを飲んでみたい。水出し珈琲。プレス式もサイフォン式もいいけれど、珈琲豆の粉にとって、熱さや圧力をかける行為はやはりストレスになる。そのストレスをなくすのが水出し珈琲であると。納得してしまった。

camellia

Helios 58mm f2 + α7s


 pink camellia.




 4月から新たな人生経験を積むことになった。このトシになって初めて、アカデミックキャリアを開始するのである。4月1日、東京地方は冷たい雨が降り続く一日となったが、書籍を搬入したばかりの研究室の窓越しに見える風景は、その所々を淡いピンク色に滲ませながら、思ったよりも先の方まで見通せるような、そんな気がした。

花冷え

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 今まで培ってきた知見を大学で体系化し、それを次世代に伝えていくこと。同時に、これからも今まで同様、コミュニケーションのさまざまな領域の制作現場で常に最新の表現をアップデートし続けていくこと。このふたつを欲張って両立できるのなら、たぶん、我が残りの人生に悔いはなかろうと思う。

 新任教員の歓迎会を催していただいた。同僚になる若い研究者たちは魅力的なひとたちばかりだ。文化人類学、ラテンアメリカ文学、エトセトラ。彼らの専門分野の話を聞くだけで心が躍る。

 それにしても。このトシで「新任」と呼ばれるのはなかなかに照れくさく、でも、このトシで「新任」と云ってもらえることの有り難さをしみじみと感じ入るひとときだった。

 今月から、週の半分はこの坂を登り、この大学に通うことになる。




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