2016年04月
海棠
しゃがの花
二十五歳
久しぶりに「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読み返している。たぶん、村上春樹の全作品の中で一番好きな小説。カフカ的世界とチャンドラー的世界が巧妙にハイブリッドされている。
1985年に初版本を買った。会社に入って間もない頃だ。読み出したら止まらなくなって気がついたら夜が明けていた。とても会社に行く気分になれず、その日は新入社員の分際で一日会社をズル休みしたことを覚えている。
人は自らの欠点を正すことはできないのだ。人の性向というものはおおよそ二十五までに決まってしまい、そのあとはどれだけ努力したところでその本質を変更することはできない。
当時23歳の自分にはいまひとつピンと来なかったこの文章、今ではつくづく実感できる。で、二十五歳から先の残りの人生はと言うと、
問題は外的世界がその性向に対してどのように反応するかということにしぼられてくるのだ。
ということらしい。。。やれやれ。
sad
handsome cat
呼子の烏賊
博多に来ると相も変わらず「よし田」に通う。名物の鯛茶1000円。何度食べても飽きない。みんなで行くときは加えて烏賊を一杯注文する。刺身で食べて、ゲソは天麩羅にして貰う。烏賊は呼子の烏賊である。映画「悪人」の名場面を思い出す。
そして、烏賊と言えば、かつてL’Arc~en~CielのPVで「しりとりクロニクル」という名作があった。「笑ったら負けよ」の抱腹絶倒シュールな映像集。演出は尊敬する三木俊一郎氏。このPVに登場する「いかがわしいイカ」というのが忘れられぬ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12426559
もちろん、いま目の前に横たわっている呼子の烏賊は、いかがわしくもなんともなく、切り刻まれた肉体を食べる時、こちらに切ない目を向けている。うわ、まだ生きている!ごめんなさい、おいしくいただきますのでどうか成仏してください。。
mask
iris
sakura, Je l’aime
桜の季節もそろそろ終わりである。雨のあと、舗道に、あるいは川面に、桜の花びらがいっぱい散り落ちている。あと一週間もすれば東京のソメイヨシノはみな葉桜に変わるだろう。桜の季節はあっという間に過ぎ去る。
でも、ソメイヨシノが終わっても白妙桜は今が満開だし、他にも春の花はたくさんある。海棠も連翹も。それに、ソメイヨシノだって、縦に長い日本列島を北に上って行けばあとまだ三週間ぐらいは楽しめる。新潟高田城の桜、弘前の桜。エトセトラエトセトラ。けれど、そういう未練がましいことはすまい。「散る桜 残る桜も 散る桜」と詠んだのは良寛だったか。みんないつかは散るのだ。時期の差異など些末な話。
まあ、それはさておき。
ここ2-3年、ニッポンのお花見スポットには日本人以上に海外からの観光客の姿が目立つ。彼ら彼女らはガイドブックやネットで桜情報を丹念に調べて、ジャストタイミングで千鳥ヶ淵や目黒川、あるいは井の頭公園に出没する。満開の桜を見て、中国人たちは口々に「美丽的花朵」と言っている。彼らにとって花見の花は桜ではない。「城中の子女 みな花の跡を追い暮らす」と唐詩に歌われた花は牡丹である。
一方、アルルからやってきたというフランス人女性は、水面を覆い尽くす花筏を眺めながら「sakura, Je l’aime 」と先程から嘆息しきり。…