naotoiwa's essays and photos



 2015年12月31日午後のことである。珈琲が飲みたくなってキッチンの蛇口をひねったら、糸を引くようにしか水が出ない。あれ、どうしたんだろう?夕方、今度はバスタブにお湯を貼ろうと思ったら、ボコボコッと音を立てたきり、うんともすんとも。…断水である。近くで工事でもやってるのか?そんな通知、ポストに入ってなかったけど。
 水道局に電話してみる。やはり「近隣でそのような工事は行われてません」とのこと。だとすると故障である。よりによって大晦日の日に。紹介された設備工事の工務店さんに電話すると「おそらくは給水ポンプの故障でしょう」
 年末のギリギリの時間に駆けつけて来てくださった。「ああ、やっぱりモーター動いてないですね」「…」「何年ぐらい使ってます?」「えっと、かれこれ15年ぐらい…」「だったら、寿命です。今までよくもった方だと思いますよ」「…」
 カバーを開けて復旧ボタンをリセットし、ブレーカーを入れ直したらウィーーンと動き出した。「とりあえず復旧しましたが、またすぐに止まってしまうかと」「…」「年明け早々に交換した方がいいと思います」「…あの、お、おいくらぐらいかかるんでしょう?」「そうですね、工事費入れて20万円は越えると思います」「に、にじゅうまん」「合わせてタンクも新調される場合は合計40万ぐらいになるかと」「よ、よ、よんじゅうまん」「この際ですから、ポンプで汲み上げるのやめて各階に水道管直結にしたらいかがでしょうか」…その際の値段は勇気がなくて聞けなかった。「…年明けまでに考えてみます」

 という年越しだったのである。で、新年早々、カネである。ううむ。…でも、いろんなものがそろそろ寿命なのである。家も15年を過ぎるとあちこち傷み出してくるし、車だって、去年の秋に車検を通した時には「エアサス、いつ動かなくなるかわかりませんよ」と脅かされた。こちらも12年を過ぎている。そして、人間の体の中も。…同じようなことが起き始めているかもしれぬ。そう思うと、新年早々ちと憂鬱な気分なのである。いずれにしても新年早々カネが要るのである。想定外の20万余はかなりイタいのである。猿に文句を言いたいのである。

monkey

 初夢を見ている余裕は、ない。が、とりあえず、迎春。

 みなさまにとって良い年でありますことを。アーメン。

sky


all photos taken by Summilux 50mm f1.4 1st + α7s

Hyacinthus

Summilux 50mm f1.4 1st + α7s


 a happy new year. 風信子。




 京都は自分の故郷ではないが、今までの人生の中でずいぶんと関わりの深かった街である。18歳から19歳になるまでの一年間を過ごし、20代の後半になってからは東京から足繁く通った街である。今から思うとずいぶんと上っ面な京都通いではあったが。

 雑誌アンアンで特集されているような、黒ずくめのコムデギャルソンを着て(汗)、京都の老舗旅館に気張って泊まりに行くのだ。

 京都の夏は暑い。特に祇園祭の頃はうだるよう。その熱気が膨張して雨になり、その雨が上がり始める頃、祇園の白川沿いを歩くのが好きだった。辰巳神社に高下駄を履いた舞妓さんがお参りしている。
 その近くの町屋に、当時、 Tokio Kumagai のブティックが入っていた。住んでいた東京のアパートの近くに代官山の本店があったというのに、わざわざ京都まで行って Tokio Kumagai のシャツや靴を買うのだ。店内には洒落たフレンチシャンソンがかかっていた。…熊谷登喜夫さんがエイズで亡くなったのは1987年のこと。

 あれから何十年かが過ぎた。辰巳神社は変わらない。

辰巳神社

 吉井勇が詠んだ白川の川の音も変わらない。

かにかくに


 かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のながるる

 京都で昔、明け方に見た夢のことを想い出しながら、三条方面に向かって歩く。久しぶりにエレファントファクトリーにたどり着く。店内には静かにトム・ウエイツのデビューアルバムがかかっていた。…closing timeである。

 祇園祭の方は…去年から後祭りが復活して二度楽しめる。24日は二度目の山鉾巡行である。




all photos were taken by Kino Plasmat 1inch f1.5 + E-PM1

 

 昨年末からずっと、また漱石を何冊か読み返しているのである。クラシック音楽好きがモーツアルトに行き着くごとく、日本近代文学好きは最終的に漱石に行き着くのであろうか。中でも「三四郎」はやはり最高である。美しく洒脱な日本語、ピクチャレスクな情景の数々。そしてなによりも、恋愛心理小説として珠玉の一冊である。ヒロインの里見美禰子がタマラナイ。中学生の時に初めて読んで以来、彼女は私の中で femme fatale ナンバーワンの座をずっとキープし続けている。

 里見美禰子。西洋モダンでありながら極めて日本的。官能的でありつつ安っぽい媚びは決して売らない。こういう女にこんな風に先を歩かれて、こんな風に雲の話でもされたら、大概の男は参ってしまうだろう。

 この女はすなおな足をまっすぐに前へ運ぶ。わざと女らしく甘えた歩き方をしない。したがってむやみにこっちから手を貸すわけにはいかない。空の色がだんだん変ってくる。ただ単調に澄んでいたもののうちに、色が幾通りもできてきた。透き通る藍の地が消えるように次第に薄くなる。その上に白い雲が鈍く重なりかかる。重なったものが溶けて流れ出す。どこで地が尽きて、どこで雲が始まるかわからないほどにものうい上を、心持ち黄な色がふうと一面にかかっている。「空の色が濁りました」と美禰子が言った。

 でも、三四郎の方も負けてはいない。

 今度は三四郎が言った。「こういう空の下にいると、心が重くなるが気は軽くなる」「どういうわけですか」と美禰子が問い返した。三四郎には、どういうわけもなかった。返事はせずに、またこう言った。「安心して夢を見ているような空模様だ」

 彼らはいつも、まるでラファエロ前派の絵画のように神話めいたピクチャレスクな場面で見つめ合う。

 三四郎がなかば感覚を失った目を鏡の中に移すと、鏡の中に美禰子がいつのまにか立っている。下女がたてたと思った戸があいている。戸のうしろにかけてある幕を片手で押し分けた美禰子の胸から上が明らかに写っている。美禰子は鏡の中で三四郎を見た。三四郎は鏡の中の美禰子を見た。美禰子はにこりと笑った。

 そして、以下が一番有名な別れの場面である。…里見美禰子。自立した女。物事をはっきり見極める女。でもどこか投げやりな女。迷羊。

 女は紙包みを懐へ入れた。その手を吾妻コートから出した時、白いハンケチを持っていた。鼻のところへあてて、三四郎を見ている。ハンケチをかぐ様子でもある。やがて、その手を不意に延ばした。ハンケチが三四郎の顔の前へ来た。鋭い香がぷんとする。 「ヘリオトロープ」と女が静かに言った。三四郎は思わず顔をあとへ引いた。ヘリオトロープの罎。四丁目の夕暮。迷羊。迷羊。空には高い日が明らかにかかる。

 女はややしばらく三四郎をながめたのち、聞きかねるほどのため息をかすかにもらした。やがて細い手を濃い眉の上に加えて言った。「我はわが愆を知る。わが罪は常にわが前にあり」


 先週末、久しぶりに本郷界隈を歩いてみた。赤門から東大本郷キャンパスに入って心字池に下る。

三四郎池

Summaron 35mm f2.8 Lmount + M8


 女はこの夕日に向いて立っていた。三四郎のしゃがんでいる低い陰から見ると丘の上はたいへん明るい。女の一人はまぼしいとみえて、団扇を額のところにかざしている。顔はよくわからない。けれども着物の色、帯の色はあざやかにわかった。白い足袋の色も目についた。鼻緒の色はとにかく草履をはいていることもわかった。

 去年、東京藝大で「夏目漱石の美術世界展」を見た時、現代の画家がこの三四郎池のほとりでの出会いの場面を想像して描いた絵(佐藤央育作 推定試作《森の女》 )が展示されていたけど、里見美禰子っていったいどんな感じだったんだろう。妄想は膨らむばかりである。

 さて、もうすぐ日が沈む。妄想タイムもそろそろ終了。現実に戻るために胡椒のピリリと効いたカレーでも食べることにする。画廊喫茶ルオーである。コーヒーカップのカタチに背の部分がくり抜かれたオリジナルの椅子に座って、名物のセイロン風カレーライスを食す。肉の塊ふたつにジャガイモひとつ。昔ながらの懐かしいカレーである。

セイロンカレー



 

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