naotoiwa's essays and photos



 西川美和さんの文章が好きである。「ゆれる」も、先月から映画のロードショーが始まっている「永い言い訳」も。以下は、「永い言い訳」のラスト間近の文章である。

永い言い訳


 心のどこかがそうやって冷えている日に限って、酒場の人々は楽しく、女は優しく、酒はすいすい。いままで鼻もひっかけてくれなかった店一番の美人がこんな日に限って、店が終わったらツムラセンセイお薦めのラーメン屋に行ってみたいなぞと言う。ラーメンなんぞ食うものか。腕を組み、幸夫の家に直行だ。二の腕に、あたたかくて、やわらかい女の乳が当たっている。ジングルベール。ジングルベール。えっへへへ。心置きなき我が人生、身軽なり。ばんざーい。ばんざーい。ばんざーい。

 死ぬって、迷惑かかるんだ。物理的にもそうだけど、人の気持ちに、迷惑かかる。

 あのひとが居るから、くじけるわけにはいかんのだ、と思える「あのひと」が、誰にとっても必要だ。生きて行くために、想うことの出来る存在が。つくづく思うよ。他者の無いところに人生なんて存在しないんだって。人生は、他者だ。


 まるで、檀一雄が現代に生きてたら書いてくれそうな無頼派な文章だ。これを1970年代生まれの女性の脚本家、映画監督が書いてくれる。もうこれはアッパレとしか言いようがない。当分、彼女の書いたものを読み続けることになりそうだ。次は「その日東京駅五時二十五分発」あたり。

cat

Kinoplasmat 25mm f1.5 + E-PM1


 big cat.




 昨晩は青山のブルーノートで大好きな三宅純さんの公演を聴いた。三宅さん、意外なことにブルーノート東京の公演は初めてらしい。



 三宅音楽に欠かせない勝沼恭子、リサ・パピノー、コズミックヴォイセズの歌声を堪能するとともに、三宅さんがパリの路上で発見した新人、イグナシオ・ゴメスのボサノヴァヴォイスが素晴らしかった。

 公演参加予定だったサックス奏者宮本大路さんが直前に逝去されて、そのレクイエムとして三宅さんが演奏したトランペットがあまりにも切なくて、その時間だけは、おいしいブルーノートの食事も喉を通らない。

blue note

 いつも三宅さんのステージのセンターにいた宮本さん。お仕事をお願いした時もスタジオには常に宮本さんのお姿があった。心からご冥福をお祈りします。



 仕事の用事があって、久しぶりに高田馬場。案内図を見ると、「さかえ通りを通って神田川を渡ってスグ」と書いてある。うわあ、懐かしい。ずいぶん久しぶりに神田川を見た。おお、山手卓球、今もちゃんとオープンしてる。

さかえ通り

神田川山手卓球


 このあたりを毎日のように徘徊していたのは、あれは、大学一年生の頃である。当時目白の和敬塾に住んでいて(あの「ノルウェイの森」に出てくる学生寮だ)、歩いて気軽に行けるエリアといえば早稲田、高田馬場界隈だった。時代は1980年代に突入した頃で、隣の池袋西武のビルに掲げてある横断幕には、糸井重里氏の名コピー「じぶん、新発見」「不思議、大好き」が並んでいた。地方出の十九歳の青年にとっては、さあ、これから、自分にも東京での上質な「おいしい生活」が待っていると幻想を抱いてみたいところではあったが、ビックボックスのある高田馬場駅前の深夜はいつもゲロの沼。現実とはそういうものであった。でも、ジャズ喫茶マイルストーンやイントロで過ごした夕刻、早稲田松竹のオールナイトで過ごした夜の記憶は、三十余年たった今でも、特別なものとして鮮明に残っている。

 当時、何度も聞いていたアルバムがある。Bob JamesのThree。

sumo

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 sumo.


gothic

GR 18.3mm f2.8 of GR Ⅱ


 like gothic towers.


marine tower

Elmarit 24mm f2.8 ASPH. of X2


 marine tower.


yawn

Summilux 50mm f1.4 2nd + M3 + APX400


 yawn.


susuki

Summilux 50mm f1.4 2nd + M3 + APX400


 susuki.




 ハロウィーンの夜である。風もないし昨日ほどには寒くない。ヨーロッパみたいに空気が乾燥した秋の夜。六本木ミッドタウンの富士フィルムスクエアに牛腸茂雄展を見に行った。一見何気ないポートレート、自然な構図のコンポラ写真。でも、そこには見るひとと見られるひと、自分と他人、じっと見つめていると次第に息苦しくなるような緊張感が潜んでいる。例の双子の姉妹の写真なんてまさに日本のダイアン・アーバスだ。

self and othes

 見終わってからしばらくの間、ミッドタウンの中を散策することにする。ブリッジを渡ってリッツカールトンまで行く。その後、いくつかの洒落たレストランやブティックを巡る。
 六本木ミッドタウン。ここはなんて特別な場所なんだろうといつも思う。敷地内の空気が、香りが違う。なにか特別な空調でも施してあるのだろうか。そして、照明が違う。すべてが完璧にソフィストケイトされて上質なのである。もちろんそのためにコストが怖ろしく高く設定されているはず。よっぽどの資産持ちじゃないとここのレジデンスには住めない。東京に大地震が起きたとしても建物の耐震は完璧だし、各戸にそれぞれ備蓄倉庫が用意されていて一ヶ月ぐらいは問題ないのではないか。そんなことを思いながら六本木通りに戻る。西麻布まで歩くことにする。

 ヒラリーとトランプのマスクを被ったカップルが歩いてくる。体中から流血した女の子たちが徒党を組んで歩いてくる。今夜はハロウィーンの夜である。

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