naotoiwa's essays and photos

giraffe

Summaron 35mm f2.8 L + M6 + ACROS100


 giraffe.




 映画「キャロル」を見た。パトリシア・ハイスミス原作の恋愛映画だからレズビアンものであることは分かっていたが、つまらぬ偏見はあっさりと消え去った。女と男だろうと女同士だろうと、恋する時のあの独特の感情の震えと高まりに変わるところはなにもない。恋する者同士が見る風景の美しさに変わるところはなにもない。



 ケイト・ブランシェット、圧巻の美しさだ。優美でデカダンス。彼女にあの眼力とともにあの低くハスキーな声で「dearest」(最愛の人)と言われたら、男だろうが女だろうが抵抗できる人はいないだろう。ルーニー・マーラ、可憐すぎる。「ドラゴン・タトゥーの女」に出演していた時とはうって変わったメイク、ヘアスタイル。まさにオードリー・ヘップバーンの再来。アカデミー賞ダブル受賞が噂されるふたりだけのことはある。

 舞台は1952年のニューヨーク。それぞれの都市には各々一番美しかった時代がある。ニューヨークはやはり50年代が最も輝いていたのではないだろうか。それをトッド・ヘインズ監督がフィルム撮影っぽい粒子感、テレシネっぽい色彩で再現している。今時の最新鋭デジタル撮影だけでは描けない何か「澱」のような空気感を感じた。

 テレーズ(ルーニー・マーラ)は写真家志望。初めてキャロル(ケイト・ブランシェット)を撮影するシーンが印象的だった。(あのカメラ、機種はなんだろう?アーガスかな?)そして、クリスマスにキャロルがプレゼントしてくれたのが当時最新鋭のキヤノン。ライカではなくてキヤノン。1952年の設定だから、あれはおそらく4Sbだろう。付いていたレンズは50mmの1.5か1.8。カメラ好きにもタマラナイ映画である。



 たぶん、私がこの世の中で一番苦手なことと言えば、数字を操ることである。「数学」は好きである。無限に続く円周率の数字の羅列を見ていたりすると、美しいと思う。けれども人為的な、誰かが便宜上勝手に作った数式を計算したりするのには全く興味が湧かない。会計士や税理士には天地がひっくり返ってもなれないだろう。
 が、フリーランスともなるとそうも言ってはいられない。税法上のことも熟知していなくてはならないし(源泉取得税は何%?100万を越えると税率が変わる?)毎日エクセル上で出納帳も付けなくてはならない。(これ、一ヶ月溜めるとあとで収拾付かなくなる)で、確定申告である。何から何を差し引いて、税率は何%で控除額はいくらで、復興税はどこに加算して、どことどこは千円以下切り捨てで、願いましては。…ううむ、やっぱり好きにはなれない。
 がっ、こうした作業もなんとか苦にはならなくなってきた。勘定項目なんてエクセルでプルダウンメニューとか作っちゃったりするし、電卓叩いて検算して合っていたりするとけっこう快感だったりもする。まあ、慣れというものは怖ろしいもので、ひょっとして、自分にもこうした潜在能力があったのかもしれぬと調子に乗っている始末である。


賽銭

Summilux 35mm f1.4 2nd + MP + RDPⅢ

yellow

P.Angenieux 35mm f2.5 R1 + α7s


 夜に咲く花。


hyacinth

P.Angenieux 35mm f2.5 RI + α7s


 hyacinth




 引き続き京都ネタ。

 私は決してラーメンフリークではないが、青春時代の思い入れのせいだろうか、今でも京都ラーメンにだけには特別な感慨を抱いてしまう。そもそも京都ラーメンとはまったく他のラーメンとは異なる食べ物である。あのスープの色、大量の九条ネギの歯ごたえ。チャーシューメンというよりも、あれは肉そばとでも呼んだ方がいいような。

 京都駅に着く。烏丸口を出て徒歩5分、またいつもの塩小路である。さてここで例によってハムレットの問答が始まる。「第一旭か新福菜館か、それが問題だ」…隣同士の二軒の京都ラーメン。第一旭には行列が出来ている。こちらの方がちょっとだけ人気が高いようだ。でも私は新福菜館を選ぶ。理由は明瞭、チャーハンも食べたいからだ。(第一旭にはチャーハンは存在しない)「ヤキメシとラーメンの小!」と声高に京都弁のイントネーションで注文する。…待つこと10分。来た来た、いつもの黒々とした京都ラーメン&ヤキメシ。

新福菜舘

ヤキメシ

 ラーメンのサイズを小にしても持て余す。これ以上無理をすれば明日の朝必ず胸焼けを引き起こすとわかっているのに。…何歳になっても学習効果のない猿みたいにこの組み合わせに拘泥してしまい、完食。

 で、案の上、翌日は胸焼けである。今日のお昼はどうしようか。あっさりと日の出うどんかおめんのうどん?と思いきや、いつの間にか烏丸十条のラーメン藤に足が向いていた。新福菜館も第一旭ももちろんうまいが、私が一番好きな京都ラーメンは、ここラーメン藤である。スープの色はは極端に黒くはない。麺は繊細。九条ネギはシャキシャキとみずみずしい。ということで、二日続けて京都ラーメンである。

藤

 もちろん、新福菜館でもラーメン藤でも「麺かため、ネギ多めで!」とオーダーしたのは言うまでもない。



 京都は水の街である。街中の至る所から良質の井戸水が湧き出でいる。私も京都に住んでいた頃は、ペットボトルを持参して梨木神社の染井の水や八坂さんの祇園神水に通ったものだ。他にも、市比賣神社(いちひめ)神社の天之真名井(あまのまない)とか、二条のホテルフジタ近く(今ではリッツカールトン、か)の銅駝美術工芸学校の防災用地下水など。このあたりはNHKの「京都人の密やかな愉しみ」でも特集されていたようである。
 そして、なにやら怖ろしげな井戸水もいくつか現存する。呪詛の井戸として有名な鉄輪の井とか。でも、ダントツはここ六道珍皇寺の「冥土通いの井戸」と「黄泉がえりの井戸」であろう。

 小野篁(たかむら)ゆかりの井戸である。小野篁。平安時代の高級官僚。身長180センチの大男。小野妹子の子孫、小野道風の祖父。野宰相とも呼ばれた奇人。遣唐使になることを拒否して隠岐に流されたことも。彼が自分の死んだ母親に会いたくて、餓鬼道に陥っていた母親の罪を軽減してもらうために地獄に赴き閻魔大王と交渉、それが縁で閻魔大王に才能を認められ(?)ついに閻魔大王の判官になったという、かなり漫画チックな伝説が残っている。で、彼が通った地獄巡りの「冥土通いの井戸」とそこから帰還するための「黄泉がえりの井戸」が今も境内に現存しているのだ。毎年冬の間だけ特別公開されるので、先日久しぶりに行ってみることにした。

井戸

 井戸の中は写真撮ったらあきまへんで、なに映るかわかりませんよってに、とお寺の方に脅される。その言葉通り、このふたつの井戸は深く深く、覗き込もうとするとまさに冥界の奈落まで誘われそうである。

 この六道珍皇寺、清水道近くにあり松原通がすぐ目の前。昔の京都人は賀茂川を三途の川に見立て、そこを越えたところから東の風葬の地「鳥辺野」に至るこのあたりをこの世とあの世の境界と考えたのであろう。

六道辻

 迎え鐘をつかせて貰った。ここの鐘は押して撞くのではなく、引いて撞く。そのせいか、なんとも柔らかな響きである。今年の夏は両親の供養を兼ねてこのお寺の六道まいりに参加させていただくのも悪くない。父親が修羅道、母親が餓鬼道に陥っていないことを祈りつつ。…



 フリーランスになって良かったと思うことのひとつに、自分の裁量で休みの日を決めてしまえることがある。(もちろん相手あっての仕事なので、実際のところはなかなかそんなにうまくはいかないのだけれど)ゆえに、プライベートな旅行に行くのは決まって平日を選ぶ。混んでないし、ホテルの宿泊料も安いし。で、そうしたことに慣れてしまったせいか、今回久しぶりに土日に出張が入って、ネットでホテルの予約をした際、宿泊料の格差に驚いた。ヘタすると平日の倍近くする。不条理である。サービス内容が変わるわけでもないのに。…ブツブツ。
 そんなことを、出張先から電話で仲のいい友人に話していたら、友曰く「経済とは、需要と供給のバランスの上に成り立っているものであるからして」とのこと。相変わらず彼の解答はいつも的を得ている。その通り。でも、いくらなんでも格差があり過ぎではないか?友重ねて曰く「休日前のその価格こそがホテル側が望んでいる正規料金なのである。そちらがスタンダード。でも、平日は需要が少ない。正規料金では空き部屋が続出する。ならば半額に下げてでも満室にした方がいい。それが経済の原理」とのこと。…なるほど、なるほど。こちらが正規の値段ということか。…納得である。でも、このホテルの名物の朝のサンドイッチの中身もサーブしてくれる女の子の笑顔もまったく同じなんだけどなあ、平日も休日前も。などと、まだまだしつこく思っている自分がいる。

ピタサンド

 おそらくは、需要と供給のバランスだけですべてを判断してしまう今の世の中の経済システムを、ワタクシは少しばかり疑っているのかもしれない。もっと他のやり方だってあるはずだ。それが証拠に、最近では、リトップシーズンとオフシーズンの料金設定を同じにするリゾートホテルがいくつか出てきている。コンテンツ力に自信があるならば、そうした運営をするホテルこそがホンモノだと思うのだけれど。…ブツブツ。

church

P.Angenieux 25mm f 0.95 + E-P5


 a church in a dream.


leaves

Nikkor Ai 50mm f1.4 s + α7s


 silhouette of leaves.


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