naotoiwa's essays and photos

no face

EF 50mm f1.4 USM + Extension EF25 + α7s


 no face.




 ようやくなんとか出歩けるまでに回復したので、近くのお医者さんまで点滴を打って貰いに行った。おや、血圧も上がってますね。耳石が動いたからかもしれませんが、ストレスから来る脳の虚血症っぽいですねえ。でも、脳梗塞も脳腫瘍も同じ症状ですから、と脅かされて、すわ、MRIを受けに行くことになった。血中コルステロール高いし。そろそろこれを機会に検査しておいた方がいいだろう。もうすぐ55歳だし。
 行ったのは銀座にあるメディカルスキャニング。ここ、入っている建物からしてなんだかバブリーなのである。一階のエレベーターフロアからしてすんごいシャンデリアが下がってる。(ちなみにこのビルには、佐賀牛のお店も入ってます。何度か来ました。せいろ蒸しうまい)で、2階の自動ドアを開けると、おお、すごい。サロンみたいな待合室。壁にはお洒落なリトグラフ。作家は村井正誠さん。先客が2−3人いた。みんななんだかバブリーな感じで、金に糸目を付けずゴージャスなドック検査に来ている感じ。(こっちは保険でお願いしてオリマス(^o^)
 完全予約制なのですぐにご案内。まずは再診。そしてロッカールームで着替え。金属系のモノはすべてここに置いていってください。かなり強い地場が発生していますので、みんなダメになってしまいますから、と脅かされる。(人間の体はダメにならないのか?)で、いよいよ最新鋭を誇るMRI室へ。ここの扉にも改めて貼り紙がしてある。「強い磁場が発生しています」と。(くどいようですが、ほんとうに人間の体はダメにならないんでしょうね??)
 若い技師がクールに説明をする。検査は約20分間です。動かないでください。なにかあったらこれを握りしめてください。そして、大きな音が出ますのでこの耳栓をしてください。そう言って、ヘッドホンみたいな耳栓を被せられる。
 で、いよいよ始まった。脳のMRI。初めての経験である。…もちろん痛くも痒くもないし、目を瞑っていれば閉所恐怖感に襲われることもないが、確かにすんごい大きな音が出る。頭痛がして頭重で、ただでさえ耳鳴りがしているのに、これは堪らぬ。数分でまた吐き気がし始める。でも、20分間はじっとしてるしかないし。…
 ということで、ま、音楽として楽しんでやろうと前向きに考えることにした。そう言えば、これ、ケミカルブラザーズのエレクトリック音に似ていなくもない。



 そうそう、この曲に似てるのだ。come with us! イエーイ。…ということで、20分間なんとか持ちこたえた。
 着替えをして待合室で待つこと20分。ふーん、この洋画家の村井正誠さんって岐阜県の大垣市出身なんだ、ふーん、などと感心していたら、本日のMRI画像がCDロムになってもう手元に。専門医がダブルチェックで診断し、レポートを一週間後に主治医の方にお届けします、とのこと。

 以上、初めての脳MRIでありました。ま、なにもなければいいけど。Come with us!

mri



 めまいがなかなか収まらぬ。本を読もうにも今ひとつ焦点が定まらぬ。ベッドに横になりぼんやり音楽でも聴いているしかすべがない。
 久しぶりにビル・エヴァンスの73年のLive in TokyoのCDをセットする。このアルバムの中で好きなのは、もちろん名曲のMy RomanceやクールなT.T.T.Tも最高にイカすけれど、ダントツは Hullo Bolinas。ボリナス。サンフランシスコの先の小さな街。スモールタウン。かつてブローディガンが住んだ街。「西瓜糖の日々」の舞台となった街である。きっとそこには心が正しくて心がちょっと弱い人たちだけが静かに暮らしているに違いない、などと妄想しつつエヴァンスのピアノソロを聴く。Hullo Bolinas。
 そしてもう一曲が、When Autumn Comes。クレオ・フィッシャーの曲。なんと不安定で孤独で、そしてリリカルなメロディなんだろう、と改めて思う。


typewriter

Summicron 35mm f2 2nd + M4 + ortho25


 typewriter.




 ヒッチコックの映画ではない。朝起きたら久しぶりにひどい「めまい」に襲われた。ありゃりゃ、歩けない。階段が下りられない。吐き気がする。たぶんまた、頭位めまい症。
 前回は3年前だったか。夜中に救急に駆け込んだ。その時は直るのにずいぶんと時間がかかった。医者からは、耳石が動いたのではないかと言われた。直すにはぐるぐると頭部を動かしてみて、耳石がまた偶然にもとの場所に収まるのを待つしかないと言われた。ずいぶんと残酷なことをシュールに告げる医者であった。こっちはゲロゲロ吐き気がひどくて困っていたというのに。

 今回はグルグル回るほどではないが、雲の上をゆらゆら。頭の位置を変える度に世界の位相がズレる。今回はなにが原因だろう。今年一番の寒波のせい?寝てる間に首筋と頭の血行が悪くなった?土曜日のテニス、張り切り過ぎた?ここ数日、あちこち出歩いてさすがに体が疲れていたか?

めまい

CZ Planar35mm f3.5 + R2C + TX400

 どうやら貧血も起こしているらしい。アタマの中にヒタヒタと霊気、じゃない、冷気を感じる。貧血。小学生の頃、校庭の朝礼でよく起こしてた。体調悪くて学校を休むと、放課後うちまでよく給食を届けてくれた彼女、名前なんだっけ?クールな美人で、小学生なのにもう大人の体になりつつあって。名前…ハセガワさん?カワセさん?…いや違う。…あ、そうだ、ミ、ミズタニさんだ!…と、位相がズレたアタマをベッドの中で抱えながら四十年以上前のことを思い出した。…嗚呼、世界が回る。

lamp

Summicron 35mm f2 1st with google + MM


 outside lamp.


眺望

Elmarit 24mm f2.8 ASPH. of X2


 view point.




 これ、長崎は茂木に本店のある一〇香本家(いちまるこうほんけ)の銘菓「一〇香」(いっこっこう)。一見ふつうの焼き饅頭。でも、ガブリと囓ってみると、なんと中身がない。空洞なのである。きっと中には甘い餡が入っているに違いない、それはつぶ餡かこし餡か、という俗世の煩悩を見事に裏切ってくれる菓子なのである。なんとも哲学的である。

一〇

 ネーミングもまた哲学的である。一口で香り高くおいしいから「いっこっこう」。それが店の名前では一〇となる。イチとゼロ。二進法。デジタルである。これはもう禅的ですら、ある。おまけにおいしい。皮に飴が塗ってある。ゴマもまぶしてあって香ばしい。ゆえに、これ、ワタクシの好物なのである。

 長崎の茂木。一度だけ行ったことがある。有名なのは茂木港の先にある月見の名所、潮見崎観音。石段を百段ばかり登ると島原半島がかすかに見える。あるいは茂木の名前の由来になった神功皇后の裳着神社(もぎじんじゃ)。

裳着神社

 ユニークな店もいくつかあった。この一〇香本家しかり、フランスパンのブーランジェリー「オロン」しかり。

aulong

 茂木港には、かつて長崎の女傑が経営していた茂木ビーチホテルなるものも建っていた。檀一雄はここで芝エビを食べまくっていたらしい。

 部落はずれの森の中に、一軒のホテルが立っている。Bホテル、と聞えはよいが、おそらく、大正のはじめ頃につくられたまま、時代からとりおとされてしまったような、二階建ての、白ペンキ塗りの、木造ホテルであって、大時代な琺瑯鉄器のバスがあり、ギイギイときしむ骨太いダブルベッドがあり、古風な大理石のマントル・ピースをもった壁暖炉があり、で、何となく芥川龍之介だの、佐藤春夫だのが、青年の日に、長崎にやってきては、ここに泊っていたような錯覚さえ感じられた。
 
檀一雄 火宅の人(下)

 茂木。長崎の奥座敷。長崎はまだまだ奥深い。 

消失

Lumix 42.5mm f1.7 ASPH. + GM1


 消失。




 今年は暖冬気味の日が多かったが、ここに来てようやく寒さも厳しくなってきた。一年前を思い出す。去年の今頃、サラリーマンをこのまま続けるか会社を辞めるか、悩みに悩み、眠れぬ寒い夜を過ごしていた。
 人生は出たとこ勝負、という考え方も嫌いではないが、私はどちらかと言えば、自分の人生は冷静に俯瞰して設計してみたくなるタイプの人間である。さすがに自分がいつ死ぬかだけは予測できないけれど(でも、80歳以降生きることは全く想定されていない)残りの人生を計算してみて、もうこのタイミングしかないと決断したわけである。
 一年前、なにか示唆を与えてくれる言葉はないものかとたくさんの本を読んだ。その中で一番納得できたのは「暮しの手帖」編集長だった松浦さんのエッセイに出てくる以下の言葉である。

 資産というのは不動産や株、貯蓄だけではない。金利が無いに等しい日本で、貯蓄を銀行に預けっぱなしは愚の骨頂だが、君が今まで働いてきた経験や実績も目に見えない資産のひとつと考えられる。それをこれからの人生でどう運用していくのかをよく考えるべきだ、と。四十歳からは、それまで費やした「時間」「経験」「知恵」という、いわば資産もしくは貯蓄を運用し、その利息で暮らしていくこと。

暮しの手帖日記 松浦弥太郎

 ここでは四十歳から、と書かれている。私は既に五十も半ば近くになっていたので、もうずいぶんと遅れをとってしまっていたのであるが、今までに会社やさまざまな人々に育てていただいた自分という資産を今後どう維持し増やし次世代に伝えていくのか。その運用をそろそろきちんと自分自身のデザイン力で始めていかねばならないと思ったのがちょうど一年前の今頃である。

 さて、一年経ったところで、私という資産の運用利回りはどのくらいになったのだろう?

カステラ


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