lakeshore
サマータイム
ホテルの部屋のドア下に、こんなレターが。

Daylight Saving Time begins tonight/tomorrow morning.
そうか、3月第二日曜日だ。DST、夏時間スタートの日なのである。リアルにその開始のタイミングに海外にいたのは今回が初めてだったのでちょっと感動してしまった。
夏時間。DST。アメリカではdaylight saving timeと呼ぶ。まさに日照時間を有効に使うためのもの。でも、やっぱり名称はヨーロッパ式にsummer timeがいい。その方がロマンティック。春には夜の8時、そして夏には9時、10時まで空に明かりが残る。このままずっと日が暮れないのではないか。ひょっとして、永遠が垣間見れるのではないか。…そんな気分にさせてくれるサマータイム。悔しいけど西洋人は日々を美しくする演出に長けている。
Ahead one hour.
i love u
statue
solar queen &
the cat came back
久しぶりのボビー・コールドウェル。
Cool Uncle. 売れっ子ジャック・スプラッシュとのコラボ。去年の秋に発売されたアルバムだ。今年で御年65歳を迎えるボビー・コールドウェル、健在なり。
80年代、私もご多分に漏れずAOR漬けの日々を送っていた。テニス合宿に行けばコートサイドのラジカセからはボズ・スキャッグスが流れる。でも、スパイシーなボズの声より、甘く鼻にかかったボビーの歌声に魅せられた。だからシーサイドをドライブする時は必ずボビー・コールドウェル。ダビングしてあるのは78年の What You Won't Do for Love と80年の Cat in the Hat だ。
今回のアルバムでは、その懐かしき1st&2ndアルバムを彷彿とさせる曲が登場する。Miami nights とThe cat came back。
年月は残酷である。情け容赦なく人の容姿を蝕む。でも、なぜだか声は年を取らない。それは有り難いことなのか、あるいはかえって切ないことなのか。
まあ、そんなセンチメンタルはさておいて、しばし変わらぬヴェルヴェット・ヴォイスとともに30余年前にタイムスリップ。甘いだけではない。どこかアンニュイなアレンジメントも昔のままだ。今週末から仕事でテキサス州なんぞに行くが、この曲を聴いているとちょいと足を伸ばしてマイアミまで行ってみたくなる。
when the sun sets in the sea, i think of you, do you think of me?
we fell in love, i wish you were here.
レインフォレスト
レインフォレストという名前の喫茶店に入った。
入口のマットを踏むと、けたたましい音で呼び鈴がなった。中年の婦人が奥からゆっくり歩いてきて、お好きな席にどうぞ、と言った。店内には至るところに鬱蒼と観葉植物が茂っている。その葉陰に隠れるようにして赤いベルベット地の古風なソファがいくつか並んでいた。
窓際の席に座った。いらっしゃいませ。婦人は端正な顔をしていた。けれどももう人生に疲れてしまっているように見えた。雨はなかなか上がりませんね、と婦人は言った。私は小さく頷いて珈琲を注文した。
婦人が立ち去ってしばらくすると、どこかからひそひそと話し声が聞こえていた。他にも客がいるらしい。若い女の声だ。時折はしゃいだようにトーンが高くなる。そして、中年の男の声。でもふたりの姿を見ることはできない。鬱蒼と茂った観葉植物の葉影に隠れて彼らがどこにいるのか定かではない。おまけによくよく耳を澄ませてみると、若い女と中年の男は会話をしているようで実は話がかみ合っていない。ふたりが同時に話し出すこともあるし、ダイヤローグにしては話の「間」がヘンだ。ひょっとして、彼らは別々の場所に座っていて、別々に独り言を言っているだけなのかもしれない。
おまたせしました。婦人が珈琲を持ってくる。人生に疲れた女性の少しばかり酸いた匂いがぷんとする。珈琲も酸いた匂いがぷんとする。
窓の外に視線を移す。すると地面になにやら横たわっているのが見えた。…それは蛙の死骸だった。どうしてあの蛙は、よりによって雨の日に死んでしまったのだろう。雨の日にこそ生命力に溢れて飛び回るのが蛙ではないのか。そんなことを私はぼんやり考える。

雨はなかなか上がりませんね。婦人はまだ私のテーブル席の脇に立っていた。そして窓の外の蛙の死骸を私といっしょに見つめていた。このぶんだと早咲きの桜の花びらもみんな散ってしまいますね、と婦人は言った。
レインフォレストにようこそ。

all photos taken by Hektor 135mm f4.5 L + MM