naotoiwa's essays and photos

mannequin

Summicron 35mm f2 1st + MM


 mannequin


sora to midori

M-Rokkor 28mm f2.8 + M8 + IRfilter


 sora & midori.




 六本木のフジフィルムスクエアでラルティーグの写真展を見る。

ラルティーグ

 ジャック・アンリ・ラルティーグ。本業は画家。写真家として知られるようになったのはニューヨークのMOMAで個展が開かれ、LIFEで特集されてからのこと。御年70歳。でも、ラルティーグは8歳の時からずっと家族や近しい人たちの日常を撮り続けていた。会場で紹介されていた彼の言葉がとても印象的だった。

 人生とは、踊り、飛びはね、飛翔し、笑い、…過ぎ去って行く素晴らしいものだ。

 なんてチャーミングな人生観であろうか。早くこの境地に達したいものだとつくづく思う。世界で最も偉大なアマチュア写真家、ラルティーグ。日本ではもちろん、植田正治がそれに匹敵する。



 春のような陽気である。電車の中はそんなに混んではいない。右隣に座っていた女がウツラウツラし始めた。時折、私の右肩に寄りかかる。化粧品の匂いがぷんとする。少しオイリーな色っぽい匂いだ。髪の匂いもぷんとする。
 朝、天気予報で三月中旬の陽気だと言っていた。小春日和、らしい。…暖かくて眠くなる。読んでいた文庫本は現代版カフカみたいな話だが、その不条理もなんだかぼんやりどうでもよくなってくる。そして、右隣からは、化粧品と髪の匂いに紛れてオンナの匂いがぷんとする。

 いつの間にか横浜を過ぎ、電車は地下に潜り込んでいた。右隣の女はいなくなっていた。どこかの駅でちゃんと目を覚ましたようだ。眠りこけてしまったのはどうやら自分の方のようである。
 電車は終点の元町・中華街の駅に着いた。ずいぶん地下深くにホームがある。長いエスカレーターを何度も折り返して登っていく。改札階を過ぎる。まだまだ登っていく。すると、不意にアメリカ山公園に出た。花壇に薔薇が咲いている。薔薇の花はたいしたものだ。真冬でも枯れることがない。
 ここから外人墓地を巡り、元町公園、エリスマン邸、ベーリックホールを経て代官坂上へ。体が散歩コースを覚えている。汐汲坂から南に下り、テニスコート発祥の地がある山手公園でひと休みする。それから再び通りに戻ってカトリック山手教会へ。

maria

Summicron 35mm f2 1st + MM

 中庭に立つマリア像をじっと見上げる。頭部を少し右に傾け、合掌する手を左前に寄せて…ポーズが長崎の大浦天主堂の日本の聖母と酷似している。説明の書かれた碑を読んでみると、それもそのはず、どちらも1865年前後にパリから日本に寄贈されたものらしい。ひょっとして、二体とも同じフランスの工房で作られたものやもしれぬ、などと夢想に耽っていたら、敷地内を掃除していた信者の女性に声をかけられた。「よろしかったらごいっしょに堂内に入りませんか」
 丁寧に辞退する。今堂内に入って神父さまに会ったら、そのまま洗礼を受けてしまいそうな気がしたからだ。(まあ、それならそれで構やしないのだけれど)…元来た道を戻る。そこから元町までは歩いて五分。
 気が付いたら、元町商店街の端っこにあるウチキパンでいつものように(?)食パンを一斤買っていた。そして、いつものように(?)その脇の坂を登り始めた。高台に立つ白いマンションまで。それは切り立った崖の上にある。かつて、このあたりの地番はブラフと呼ばれていた。切り立った崖、Bluff。

bluff

Elmarit 28mm f2.8 2nd + M9-P

 最近、なにかの拍子に過去と現在がするりと混ざり合ってしまうことがある。でも、そんなの、別にたいしたことでもないし、おかしなことでもないと思う。たかが20年や30年程度の昔ぐらい、それは一週間前や昨日、あるいは一時間前となんら変わりはしない。時間なんてそんなものだ。

 その坂を登っていけば、あの白いマンションにたどり着く。ベッドと書棚と書き物をするテーブル以外になにもない、でも、日当たりだけは良くて、暖かい季節になるといつもウツラウツラしてしまうあの部屋にたどり着く。これから日曜日の朝である。おいしいトーストを焼いて食べるのだ。…



 最近、寺社や教会に行くと、必ず何十秒かじっと手を合わせてお祈りをするようになった。そんなの当たり前のことなんだろうけど、恥ずかしながら今まではそうではなかった。教会に行けばキリストやマリアの、お寺に行けば仏像の鑑賞ばかりに興味があって、信心などは正直言ってほとんどなかったように思う。それがここ数年で変わった。母親を亡くして以降のことだと思う。というよりも、両親とも亡くして、もはやこの世に頼りにすべき人がいなくなってからのことだと思う。たぶん、信心というのはそういうことなのだ。現世に誰も頼れる人がいなくなり、すべてを自分ひとりで決断し解決しなくてはならなくなった時、人はなにかに縋りたくなったりするものではないだろうか。

 昨日は亡父の19回目の命日。近頃、C型肝炎の特効薬も出来たと聞く。それが間に合っていれば父親は71歳で死なずに済んだのかもしれぬ。生きていれば今年の五月に91歳の誕生日だって迎えられたかもしれぬ。

 小さい頃、車でいろんなところに連れて行ってくれた父親だった。昔のアルバムをめくると、谷汲山、多賀神社、横蔵寺、少し遠出して郡上八幡、飛騨高山、あるいは福井の三方五湖、あるいは奈良のドリームランドなどの地名がメモされている。母親の筆跡だ。父親が使っていた写真機はたぶんペンタックスのSP。

father

 この写真は、父親が42歳、私が5歳の時のものだ。父親はなかなかのハンサムだ。少なくとも息子の私が42歳だった頃より断然格好いい。スキーにゴルフ、スポーツ万能だったし。昭和40年代の地方都市で外車を乗り回すなかなかの洒落者だった。長年身ひとつで我々家族を支え続けてくれた父親。そして子供たちの将来の可能性をいつも第一に考えてくれた父親。…合掌。


reversed

Summilux 35mm f1.4 2nd + MP +RDPⅢ


 reversed.



「なんていうかなぁ、若いころのね、つまんない夢だの欲望だのが、ある日、ふっと消えちまうわけです」「消える?」「そう。つまりね、おのれが少し分かっちゃうってことなんです。でね、おのれが分かってしまった瞬間、おのれが消えてしまうわけで」「…」「いや、オノレ・シュブラックのことですよ。先生知ってます?」(中略)「…で、このオノレがね、あることがきっかけになって、まるでカメレオンのように壁に同化してしまう術を覚えるんです。擬態というやつです。ね?そうすることでこの世から自在に姿を消してしまえるんです。誰にも彼の姿は見えません。でもね、実際に消えてしまったわけじゃないんですよ。オノレはオノレでないものに同化しただけのこと。つまり、オノレは世界の側に同化したってわけです」「世界の側?」「(中略)…本当にオノレを見極めたかったら、世界の側に立って、外側からオノレを見ることです。ね?そうして、わたしたちはしだいに若いときのとげとげした輪郭を失ってゆくんです」

「私の場合」と、あるじが声を大きくし、「世界を知るほど、オノレが愛おしくなりましたよ。なんとかオノレをオノレのまま逃がしてやれないものかと」
「つむじ風食堂の夜」(吉田篤弘著)ちくま文庫


オノレ

「オノレ・シュブラックの失踪」 ギョーム・アポリネール
ちくま文学の森3 変身ものがたり ちくま文庫


yamatane


 山種美術館に居るのである。

若冲

 この展覧会を見ているのである。

 お正月気分を満喫できる展覧会だ。吉祥画のオンパレード。まずは植物編。松竹梅。この三つは冬に耐えうるので歳寒三友(さいかんのさんゆう)と言う。(なるほど)平安長春と言えば竹と薔薇のこと。(へぇー、知らなかった)次、人物編。布袋さんの耳は福耳。(これは知ってる)寿老人(じゅろうじん)は白髪で面長、長寿のシンボル。瓢箪と鹿と桃を手にしている。(はああ、勉強になります)鍾馗さん。この人はもともとは玄宗皇帝の夢に出て来た人だそうな。(へぇー)寒山拾得。いつも笑顔。(笑顔?嘲笑に思えるけど)
 そして、山編。日本ではやっぱり富士山。同じ富士山でも小林古径の描いた不尽(ふじ)がすごかった。これはもう、モダンアートの世界である。

不尽

 一富士、二鷹、三茄子。徳川家康の好物である。瑞夢(縁起のいい夢)に出て来て欲しいベスト3。残念ながら今年は初夢、まだ見ていない。

 

fox

Triotar 75mm f3.5 of Rolleicode Ⅱ (type4) + Tmax400 (double exposure)


 illusion.




 未現像のフィルムが何本か残っていたので久しぶりに自家現像してみた。そのうちの一本は長崎で撮影したものだった。浮かび上がってきたのは大浦天主堂の写真。いつ撮ったものか記憶は定かではない。

 日本にあるマリア像の中で、ここ大浦天主堂の「日本の聖母」はことのほか美しい。いわゆるルルドの聖母に見られる合掌のポーズを取っているが、このマリア様、頭部を右に傾け、合わせた両手はやや左に繰り出している。左肩を心持ち下げ、左の腰を外に突き出し体を緩やかにS字型にひねっている。

maria2

 フィグーラ・セルペンティナータ。figura serpentinata. …でも、それはマニエリスムの画家や彫刻家たちが企むほどの大仰なものではなく、官能的ではあるけれど、上品なメランコリックさのうちに留まっている。そして、頭上の王冠と足元の三日月、そのどちらもが金色に輝く。清楚なのにゴージャス。優美なのにメランコリック。

 ここ大浦天主堂に、いったい何度、私は足を運んだことだろう。昨年だけでも四回。二十代の頃から数えたら、五十回は下るまい。この優美でメランコリックなマリア様に会うために、私は何度も長崎に足を運び、何度も大浦天主堂の門をくぐる。

maria1

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