naotoiwa's essays and photos

cross

Ultra Wide Heliar 12mm f5.6 + α7s


 cross.




 荒川修作の養老天命反転地を再訪した。10年ぶりぐらい。
 
 平日である。とても寒い。案の上、誰も居ない。「足元にくれぐれもお気を付けください」と受付で言われる。「靴とヘルメットお貸ししましょうか?」「いえ、大丈夫です…」

反転地1

 ここは現代のマニエリスム庭園。ローマ郊外のボマルッツオやフィレンツエのボーボリ公園のグロッタに通じるものがある。すべてが歪み、次元が入れ替わり、交差する。
 ここは荒川修作のかの有名な文句「死なないため」の場所である。コーデノロジスト荒川修作の渾身作である。コーデノロジスト。すべての芸術を建築的に集約しようとする人のこと。

 考えてもみろ。あのレオナルド(ダ・ヴィンチ)がどんなに素晴らしい絵を描いたって、指一本入れられないだろ。だからフィクションだな。そうすると信じるか信じないかという信仰の問題になる。

 確かに我々は絵画や彫刻と直接交わることができない。それに対して、立体的な建築物には体ごと入り込むことが出来る。そして、その中でさまざまな事象をリアルな身体感覚として体験し夢想し直すコトが出来る。

 インテリアとエクステリアが一体となった家、閉じ込められた迷路の先に滲む光。

反転地2

反転地3

 荒川修作は若い頃、ニューヨークであのマルセル・デュシャンに出逢った。「自分は死なない」ことを宣言したのはデュシャンが先である。究極の反転とは「自分」と「他人」を反転させることなのかもしれぬ。デュシャンの墓に刻まれた有名な文言。「されど、死ぬのはいつも他人なり」

 D’ailleurs,c’est toujours les autres qui meurent.

all photos taken by GRⅡ

plum

Nikkor-P 75mm f2.8 + Bronica C2 + TX400


 japanese apricot and coins.




 横浜も神戸も長崎も、洋館や唐人屋敷が多い街である。そして、坂道の多い街である。ゆえに時折混乱する。ここはどこの中華街か?今歩いているのは横浜の元町か、それとも神戸の元町か?今登っているのは神戸の阿蘭陀坂か、長崎のオランダ坂か?

 でも、このムスリムのモスクが目に入ればこれはもう間違えようがない。今、自分が歩いている街は神戸である。神戸。なんと異国情緒豊かな街だろう。横浜、長崎を凌ぐほど。

モスク

 モスクからトアロードに戻って坂を登っていくと世界一おいしい朝食(?)で有名な北野ホテルが見えてくる。異人館通りを右折するとフランスの洋館、グラシアニ邸が道行く人を見下ろしている。その先にはロシア雑貨の店。手作りのマトリョーシカがたくさんある。近くにはスイス料理店もあるしトルコ料理店もある。そうして北野坂にたどり着く。昼食の時間だ。先ほどのグラシアニ邸もいいし、北野ホテルのアッシュも美味だ。でも、やっぱりフレンチを食べるなら北野ガーデン。大きな硝子窓越しに芝生の庭をゆったり眺める午後。食事が済んだら、ジャイナ教寺院でも見学しようか。神殿の本尊はジャイナ教の開祖、マハーヴィーラ。両眼がギラギラと光っている。サンスクリットのスヴァスティカの文様「卍」。ナチスがアーリア人の象徴として採用したハーゲンクロイツは逆卍。むせ返るようなサンダルウッドの香料から逃れるようにして外に出る。石段を登って北野町広場へ。黒川晃彦さんの彫刻がたくさん置いてある。タイトルは「晴れた日に永遠が見える」。いい言葉だと思う。

晴れた日には

 久しぶりに風見鶏の館の中に入ってみるのも悪くない。ここで優雅な幼少時代を過ごしたエルゼ嬢。他にもいくつか洋館を巡ってみる。阿蘭陀坂。神戸の阿蘭陀坂は左右の建物がずいぶんと朽ち果てている。来た道を戻って北野天満宮へ。水かけみくじを引いてみる。水に浸さない限り吉凶の文字が現れてこない。社の奥の梅園へ。そこからずっと山裾沿いに歩く。神戸の港が一望。でも、所々に震災の際に頽れた家屋の残骸が今もそのまま放置してある。
 突然どこにも行けない気持ちに襲われる。新神戸の駅はもう歩いてすぐそこなのに。どこにも戻れない気分に包まれる。大急ぎで来た道を再び戻り、石段を下り、北野坂を下って、にしむら珈琲店に逃げ込む。蔦の絡まる赤煉瓦の壁、重厚な木製の扉をがっちりと閉めて少し心が落ち着く。ここは1974年、日本で初めて会員制の喫茶店が始まった場所だ。ウィーン風の焼き菓子を注文する。シューベルトのピアノソナタが流れている。ずいぶんと心が平静に戻る。ピアノソナタは18番「幻想」。



all photos taken by Summicron 35mm f2 1st + MM

portrait

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 self portrait.


lace

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 through a lace curtain.


かりゆし

Elmarit 28mm f2.8 1st + M9-P


 Kariyushi.




 いやあ、前評判以上に素晴らしい映画だった。「パディントン」



 実写のパディントンはCGとオーディオアニマトロニクスでかなりリアルだったけど、可愛らしさは損なわれてないし、めくるめくストーリー展開、そのひとつひとつにウィットとユーモアが溢れてた。で、泣かせてくれる。動物愛・家族愛に涙ボロボロ。ストーリーは半分以上がオリジナル。ニコル・キッドマン演じる探検家の娘で冷酷な剥製師なんてキャラクター、原作のどこを探してもないし。
 それにしても。イギリス人というのはやはりすごい。世界中を探検し世界中の宝物を略奪し世界中の動物たちをハンティングの的にしておきながら、きっちりとこういう心温まる話を創れてしまうのだから。改めて感心する。

 見たのは六本木ヒルズ内のTOHO シネマズで。月曜日は1100円也。ここ、館内にポップコーンとか自由に持ち込めるのでなんだかシアワセ。

ポップコーン

 原作をはじめて読んだ小学生の頃を思い出した。「くまのパディントン」と「ドリトル先生」に明け暮れたあの頃。。

 こちらはうちにいる黒色のパディントン君。マーマレードが食べたい!

パディントン

DG Summilux 15mm f1.7 ASPH. + GM1



 ブロニカなんぞを買ってしまった。和製ハッセルブラッド。善三郎さんが作ったのでゼンザブロニカ。購入したのはC2というモデル。1965年製造開始。

bronica

Nikkor Ai 50mm f1.4 s + α7s


 聞きしに勝る荒々しいカメラである。まずはシャッター音。ハッセルのそれもかなり大きな音だが(ジュポッ)でもこちらは更に激しい。バシャ、いや、バシャーンである。公園で鳩を撮影しようとすると音にビックリしてみんな逃げていってしまったという昔の逸話はさもありなん。次に巻き上げ操作。最後にガチャとギアが壊れたような音を立てて巻き上がる。でもこれで正常。そして重い。C2モデルはマガジン一体型。総量が1.8キロもある。全身金属のカタマリ。
 世の中デジタルが全盛でフィルムカメラは風前の灯火。そんな時によりによって中判カメラ、しかもよりによってゼンザブロニカ。物好きにもほどがあるが、すべてはこのレンズのためである。はい、ゼンザブロニカには標準でニッコールの75ミリが付いているのである。このレンズがいいらしいのである。ハッセル用のプラナーよりずっとシャープ、なのにけっこう味のある収差も出すらしいのである。そんな60年代のニッコールレンズがかなり程度のいい状態でゼンザブロニカ本体と共に現存しているのである。しかも安い。嬉しくなってしまうほど安い。
 購入した個体もかなり程度が良かったが、決してコレクション用として保管されていたものではなさそうだ。巻き上げノブやシャッターダイヤルには使い込まれた痕跡が見られるし、シャッターボタンには銀一のレリーズボタンが付いていた。中判カメラが好きで好きでたまらなかったオーナーが、丁寧に慈しみながら長年使っていたことがよくわかる。そうした個体がある日ふと中古カメラ店の店先に並ぶ。そこにはどんなストーリーがあったのだろう。…シニアになったオーナーが定年を機に整理されたのだろうか?あるいは、もしかして遺族の方が。…
 オールドカメラやレンズは、そのモノを、それにまつわる何十年ものストーリーごと慈しめる点にこそ味わいがある。そしてそれは今でも現役でタフに使えるのである。バシャ、バシャーンと。

ruined

Triotar 75mm f3.5 of Rolleicode Ⅱ + PN160NS


 ruined cottage.


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