naotoiwa's essays and photos



 8月である。台風も去ってようやく梅雨が明けた。去年より一ヶ月も遅い。というか、去年の梅雨明けが異常に早すぎたのだけれど。でも、そのせいか、35度を超す猛暑日なのに、明け方には蜩がもうかまびすしく鳴いている。盛夏と晩夏がいっしょにやってきたみたい。まさに、太宰治が『ア、秋』で書いていることだなあとしみじみ思う。

 秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。
 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見するし、蜻蛉だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと実を結んでいるのだ。
 秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。


jizoh

Summicron 35mm f2 2nd + MM

eyes

GR 18.3mm f2.8 of GRⅢ


 その瞳で見つめられると、、


山百合

GR 18.3mm f2.8 of GRⅢ


 山百合の、甘い濃密な香り。




続編、楽しみ。うちの犬も、前の犬の生まれ変わりだったりして。




 トレンディドラマ。現在では死語に近いだろう。かつて民放各局が人気俳優、女優を起用して放映したオシャレな夜9時枠の恋愛ドラマのことである。代表作は、やはり「東京ラブストーリー」だろうか。平均視聴率20%、最終回は30%を超えた。脚本は坂元裕二さん。30年近く前の作品だが、今でもロケ地松山の梅津寺を訪れるファンが絶えないと聞く。私もオンタイムで「東京ラブストーリー」を見ている世代であるが、でも、同じ坂元さんの脚本ならば、2004年の「ラストクリスマス」の方が好きかもしれない。

 トレンディドラマの基本はメロドラマ。甘くて切ない恋の駆け引き。「東京ラブストーリー」も「ラストクリスマス」もメロメロのメロドラマであるが、紆余曲折の後、すべてがハッピーエンドで終わる「ラストクリスマス」の方がより安っぽくて劇画チックなメロドラマの真髄を感じるからだ。どちらも主演が織田裕二だし、主人公の勤めている会社名も同じ「ハートスポーツ」。同じようなシチュエーションやセリフも散見される双子のような作品である。でも、主人公の描き方が正反対だ。「ラストクリスマス」の方の織田裕二には優柔不断さがみじんもない、学生時代からの恋人よりも、四ヶ月前に出会った新しい恋を躊躇なく選ぶ。で、その選ばれた恋人が矢田亜希子演じる青井由季。このキャラ設定がタマラナイ。清楚な美人、でも、彼女はもとレディース。時折出る元ヤン言葉がタマラナイ。

 さて、メロドラマであるからには音楽が大切。メロドラマのメロとは音楽のことである。ゆえに、トレンディドラマは必ず主題歌とセットになっている。「東京ラブストーリー」には小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」、「ラストクリスマス」にはもちろんワムの同名の名曲である。そして、素敵なサウンドトラック。




 複雑なストーリーテリングに疲れたらメロドラマがいい。メロドラマの安っぽさが心地よい。ちなみに、クルト・ヴァイルが作曲した「三文オペラ」にもメロドラマと題したシーンがある。




 久しぶりにドラマ「ラストクリスマス」なんぞを想い出したものだから、無性にスキーがしたくなってしまった。台風の後はいよいよ梅雨明け、本格的な夏到来だというこのタイミングでw




 先日、大学の授業のゲスト講師に、私の大好きな(個人的にファンでもある)広告クリエーター&ミュージシャンの方に来てもらった。サスガの授業だった。受講生たち全員、男女問わず目が♡になってる。で、帰りにその方を車で最寄り駅まで送っていったところ、「オオイワさん、意外にスピード狂なんすね」とのこと。「加速グゥワングッワン来ますね」「この車、ディーゼルなんだけど」「ディーゼルのオートマでこの走りは……」とのこと。で、そのクリエーターの彼、即興でワタクシのサウンドロゴを歌詞付きで作ってくれた。それによると「いがいとスピード狂、わりとスピード狂、でも黄色信号ではちゃんととまるオオイワナオト」、だそうだ。自分ひとりで走っている時はあんまり意識したことはないけれど、なるほど、そう言われればその通りかも。「あなたの車の助手席に乗ってると、急発進急停車で首がむち打ち症になりそう」と誰かに言われたことも何度か。……

 はい、意外とスピード狂なのであります。わりとスピード狂なんです。車もそうですし、スキーの時もそうかも。先日、出張先で久しぶりにマニュアルシフトの車に乗ってヒール&トゥーで吹かしたりしてみたが、やっぱりアレ、快感なのである。



 昨日、仕事の合間に三鷹市の芸術文化センターに太宰治を「聴き」に行った。太宰治朗読会は今年で19回目だという。毎年名だたる俳優の方が来る。今回は田中哲司さん。朗読する作品は「恥」と絶筆となった「グッド・バイ」。

グッドバイ


 素晴らしい舞台だった。田中さんの声色、表情は言うに及ばず、演出がいい。といっても大がかりな美術や映像があるわけでもなく、舞台にはシンプルな折りたたみ椅子がただひとつ。でも、田中さんは時に座りながら、時に舞台の袖から袖まで歩き回りながら、読み終える毎に原稿用紙を一枚ずつ床に落としていくのだ。それらが散乱し、やがて床を埋め尽くしていく。あとは最低限の効果音(SE)だけ。でも、役者の肉声とSEのみの究極の引き算の演出だからこそ、見る人、聴く人の感覚を揺さぶるのである。

 さて、太宰の「グッド・バイ」。編集者の田島と鴉声の美女キヌ子のやりとりが抱腹絶倒。最高にウィット&ユーモアに富んだコメディ作品である。

 朗読会が終わった。せっかくなので芸術文化センター隣の禅林寺にある太宰治の墓を久しぶりに訪ねてみることにする。白い百合の花がたくさん供せられていた。

distortion

Summicron 35mm f2 2nd + MM


 distortion.




 今年の全英(ウィンブルドン)テニス男子決勝はスゴかった。ジョコビッチ対フェデラー。第1シードVS第2シード。試合はフルセットにもつれ込んでファイナルセットはなんと12対12。それでも決着が付かない。最後の最後のタイブレークでかろうじてジョコビッチが勝利。試合時間5時間。テレビ観戦は月曜日の早朝まで続きおかげさまで睡眠不足である。

 ホンモノの超一流選手というのはどこが違うのか。ふたりの試合運びを見ていてよくわかった。ピンチになった時こそ守りに入らず大胆に攻め続ける。これ、言うは易しだが、冷静なセルフコントロール能力と、そしてなによりも勝つことへの執念がすさまじくなければ決して為し得ないこと。世界トップの技術力と合わさって、両者のほとんどのショットはオンラインギリギリの応酬である。

 フェデラーはもうすぐ38歳。勝てばウィンブルドン最年長優勝記録がかかっていた。他の選手だったらもうとっくに引退していてもいい歳なのに、あの死闘を演じても息切れひとつしないタフさ。ジョコビッチだって33歳、もう若くはない。今回のジョコビッチは、審判の微妙なジャッジにもクレームひとつ入れず、プレー中の声も控えめで終始沈着冷静。ふたりとも情熱と勝利への執着を胸にたぎらせながら、「青ざめて」いた。

 最近では、なにがなんでも勝ってやる、というのはダサいことなのか、そうしたことに敬遠気味の若い人が多いように思う。もうひとつ上を目指してやろうという貪欲さを感じない。無理せずほどほどに日々の安寧を、ということなんだろうけれど。

 ジョコビッチとフェデラー。それにもうひとりのベテラン、ナダル。この三人はほんとうに格好いいと思う。ビック3の時代はまだまだまだまだ続きそうだ。



 雑居ビルの一室、窓の向こうは細かな雨に煙っている。アスファルトの真っ黒な路に水溜まりができていて、そこに街灯のオレンジ色が滲んでいる。雑居ビルなのに、どこの部屋からも物音ひとつ聞こえない。誰ひとり声を上げたりする人もいない。
 ここで、僕は物語を書いている。夜と昼が逆転している街の話を書いている。あるいは、時間が特別に引き延ばされた真夏の夜の話を書いている。あるいは、何ヶ月も何ヶ月も雨の季節が続く話を書いている。

@月と六ペンス(京都)


月と六ペンス


ここのオーナーが作られたブックカバー、素晴らしいデザインです!
一枚いただきました。

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