naotoiwa's essays and photos

summer sunset

sigma 45mm f2.8 DG DN + fp + Color Efex Pro


 夏の日の夕暮れ時が僕は好きだ。昼間の強い陽射しが熱を帯びて皮膚の表面に浮き出して、体中が甘ったるく倦怠している夏の日の夕暮れ時。熱く腫れぼったい空気の中に時折涼しい風が流れ込む。潮風に染まったTシャツの上にコットンのカーディガンをはおる。あの袖を通す時の感触が僕は好きだ。岬の高台から、海岸沿いに続いてゆくロードウェイの曲線を見下ろす。チラチラ明かりがつながり始めて、打ち寄せる波ひとつひとつがクッキリと朱色に映えて見える。そんな夏の日の夕暮れ時が僕は好きだ。

『EASY CHAIR』(1991)



 梅雨がようやく明けたというのに、深刻な感染拡大が全国で続いている。例年とは全く違う夏である。さて、大学の方は前期のオンライン授業もようやく終了、これからの一ヶ月は研究論文の執筆に時間を割く予定。私はアカデミズム出身ではないので、その分逆に、なんとか毎年一本きちんと論文を書きたいと悪戦苦闘をしているここ四年間であるが、やはり自分の論文の書き方はアカデミズム出身の方々とは違うようである。極力論文においては「語らない」ようにしているつもりなのだが。……

 論理構成においても、精緻に事実を積み上げてのその結果、というよりは、編集力に頼ってしまう傾向があるようだ。まあ、前職で(というか今も実践で)やってきていることはまさにそういうことだし、その結果、論文においても出口設計先にありきで、時に演繹が性急になり過ぎてしまうところは否めない。
 そして、常に自分が書いたものが誰の心に響くのかを第一義に考えてしまう。自分の論文を読んでくれる人が「読んで楽しかった!」とまではいかなくても(気軽な「読み物」じゃあるまいし)、「筋書きを追っていくのにワクワクしたよ」と思ってくれるものを書きたい。それがエッセイであれ、小説であれ、そして論文であれ、やはり相手あってのTEXTなのだから、と思うのだけれど。

外干し

Summitar 50mm f2 + fp


 ようやく梅雨明け。


goddess

Summilux 35mm f1.4 2nd + fp + Color Efex Pro


goddess in ruins.




 毎年、梅雨時から夏にかけて読み返す本がある。それは、江國香織さんの『なつのひかり』。今の季節の描写がなんとも瑞々しいのだ。例えば、

 「やわらかでかなしげな、とろとろとした夏の風。」

 「貼れた真昼の日盛りよりも、こんな風に曇って湿度の高い遅い午後の方が、夏の息づかいというか
 体温というか、ある種邪悪な匂いが濃いと思った。」

 「雨は、爽快なほどはげしい音をたてて降り始めた。夕立ち特有の、不穏でほこりっぽい匂いがたち
 まちあたりにたちこめる。」

江國香織『なつのひかり』(集英社文庫、1999年)より


 でも、この『なつのひかり』、江國さんの作品としては珍しく、かなりシュールな小説である。ふしぎな「やどかり」が出てきたり、ふしぎな双子が出てきたり。

 夜更けまでこの本をずっと読んでいたからだろうか、今日の明け方に見た夢は、なんともシュールなものだった。たっぷりと雨を吸い込んだ草木たちに両側を囲まれた一本道を、僕はただひとりどこまでも歩いて行く。春に鳴いていた鳥たちの声が遙か彼方から微かに聞こえているばかり。百時間ぐらい歩いたところでようやく誰かの声が足元から聞こえた。もうすぐ満天の星空が見える広場に着くからと。その声の主が「やどかり」だったという夢だ。

坂道








 東京も30度を超えた。いよいよ夏到来である。(その前に長い梅雨があるのだが)

 若い頃、夏が好きだった。といっても根っからのヒネくれ者ゆえ、みんなで海に行って泳いだりサーフィンしたり、というわけではなく。ひとりで部屋のベランダでアーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』を読んだり、大貫妙子さんの『夏に恋する女たち』を聞きながら海岸線をドライブしたり。

 夏。女の人たちはみんな素敵だった。ワンピースから伸びた脚はすらりとして。少し短めに揃えたワンレングスの髪が潮風に揺らいで。眩しそうに世界を眺める瞳は憂いを含んで。

 あれから35年。時間は現実を押しつける。でも、記憶はどこまでも自由だ。時間に縛られることはない。

 あの曲は『SIGNIFIE』に入っていたっけ? 『CAHIER』だっけ? 『CAHIER』の方はインストゥルメンタルバージョンじゃなかったか。『CAHIER』、洒落たアルバムだったな。フランス語の歌詞の曲や、ワルツ曲。

 ということで、apple musicで検索。すぐに見つかった。ダウンロード完了。

 *サブスクの音楽配信、今ではほとんどの曲が聴けます。『夏に恋する女たち』。もちろんオリジナルもいいけれど、原田知世さんのカバーもいいですね。



 非常事態宣言が解除になって、東京の街はまたまた人で溢れ始めている。で、けっこうなパーセンテージでマスクを付けない人の数も目立ってきた。ランニング中にマスクをしてたら熱中症になりかねないとか、マスクでどこまで飛沫感染を防げるのかその精度が疑問、といった考え方もわからないではないが、万が一でも自分から相手に感染させることがないよう、その意思表示のためだけにも完全に終息するまでは外出時にはマスクをすべきだと思うのだけれど。

 さて、私自身はマスクをつける生活が完全にスタンダードになりつつある。ファッション性も気になるので倉敷の工房からデニムマスクも購入した。で、そんな生活が2ヶ月以上も続くと、実はこっちの方が理にかなっているような、外出先で他人に自分の「口」を見せたままにしていた今までの生活スタイルの方が不自然なような、そんな気分にもなってくる。よくよく考えると、「口」およびその奥に拡がる口腔というのは、呼吸もするし食物も摂取するし、はたまた愛情表現のメディアにもなるし、これはなかなかに多義的でそれゆえにこそなかなかにエロティックな存在ではないだろうか。イスラムの女性たちが外出時にはニカブやブルカといった黒布のフェイスマスクを常時付け、家族以外には口も鼻も見せないという風習を思い出す。

 そんなことをぼんやり考えていたら、クラシック音楽のプロデュース・ディレクションをやっている友人の方から、こんな素敵な動画を紹介してもらった。黒マスクを付けた黒ずくめの衣装のソプラノ歌手の表情とマスク越しの歌声が、なんとも。。座ったままというのがまた。。



 なんでもかんでもさらけ出して、それが自分のアイデンティティ(individual)いうのが近代以降の発想だが、それだけじゃ、美意識は深化しないよね?



 今年、長男は今年院生2年目で、現在就活中。留学等で一年ダブっているから学部卒業生に比べたら3年遅れとなるが、いよいよ来年の四月から就職である。コロナ禍での就活はほとんどがオンライン面接のようだ。来年の春に世の中がどういう状況になっているか現段階ではさっぱり予測がつかないが、まだまだかつての日常は戻っていないだろう。そんな中で彼は新社会人一年目を迎えることになる。(就職浪人にはならないと思うのだが……。)

 そこで、ハタと気がついた。自分は今年59歳。もしもあのまま会社に残っていたら来年の春に満60歳になる。すなわち定年を迎えるのだ。今は60歳になってもほとんどの人が再雇用を願い出ているようだが、いずれにしても広告会社に所属するクリエイターとしての人生は来年の3月に終了。そのタイミングで、親が定年を迎えたその年に子が新社会人一年目を迎えることになる。世代交代というよりも世代が循環している、シームレスに。なんとも人生には不思議な巡り合わせがあるものだなあとつくづく思う。


lion




 広告クリエイティブの師匠である杉山恒太郎さんによる「世界を変えたネット広告10選」の連載が、5月20日より日本経済新聞の文化面「美の十選」にて始まっています。電子版の方では、私がその作品解説を担当しています。

 インターネット四半世紀。2020年の今、世界を席巻した日本のデジタル広告の快作たちをリマインドすることは、今後さらに深化していくであろうこれからの広告コミュニケーションの行方を思索する貴重なヒントになると思います。これらの作品を創って世に送り出した広告主、クリエイター、プロデューサーのみなさんへのリスペクトの想いを新たにしながら執筆しました。

 1990年代後半のデジタル広告黎明期から、杉山さんをはじめとするクリエイティブの諸先輩、仲間たちとともに未知の世界をヤンチャに探検してきたこの25年間に感謝しつつ。



 かれこれ巣籠もりも2ヶ月を超えた。今までなかなか出来なかった家の中の片付けもけっこうはかどった。ついでにPCの中の整理整頓も。……ということで、ずいぶんと古い写真も何枚か、ハードディスクの階層の奥底から発掘された。


 例えばこれ、20代の後半に乗っていたプジョーCTIカブリオレの写真である。当時鎌倉に住んでいて、毎週この車で湘南と都心を往復していた。朝比奈ICから横横道路、あるいは北鎌倉、大船を抜けて戸塚の原宿の交差点から国道1号線経由第三京浜。このCTI、車重は1トンに満たないのにエンジンは1.9L、トルクは十分で見た目よりも重厚でパワフルなドライブを楽しめた。ただハンドルが重くて重くて(これでパワステ付いてる?)、そしてご多分に漏れずフランス車特有の電気系統の故障の多さに悩まされた。

CTI


 でも、すぐに屋根をオープンにできる(手動だったが)カブリオレの心地よさは湘南生活ではやはり格別で、夏の日の朝早く、ひとりで茅ヶ崎の先の「虹ヶ浜」まで出かけて、そこの駐車場に車を停めてフルオープンにし、カセットテープ(!)で Kali のアルバムなんかを聴いている時間が最高だった。 Kali 、マルティニーク島のアーティストである。当時は車も音楽もどこまでもフランスかぶれで、我ながらなんともイヤ味な青年であったと思う。(笑)

 そして、この車で一番強烈に印象に残っているのは、あれは1990年の大晦日だったか、鎌倉は大晦日の23時を過ぎると交通規制で車で市内に入れなくなるのだが、若さに任せてついつい遅くまで遊びほうけて定刻を過ぎてしまい、滑川の交差点から中に入れなくなってしまった。警察官に鎌倉住民だと何度説明しても、事前に通行許可書を申請していないとダメの一点張りで、この車の中で新年を迎えたことをよく覚えている。

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