naotoiwa's essays and photos



 そろそろ、ラストオーダーになります、とバーテンダーの人が言った。もう一杯だけマッカランをください、とわたしは言った。胸の中がざわめいている。過呼吸になりそうな感じ。ふっと、意識が揺らぐ。さっきまでカウンターの奥でひとりビールを飲んでいたひとが、隣に来てわたしになにか言っている。カウンターに突っ伏したわたしに顔を近づけてなにか言っている。

 このひとは誰だろう。初めて見かけたひとだ。でも、わたしにはわかる。この、今わたしのすぐ近くにいるこのひとが、わたしにとってとても大切なひとだということが、なぜだかわたしにはわかる。ずっと前から、わたしはこのひとのことを知っている。このひととのことはなにもかも憶えている。

 わたしの記憶の中で、フィルムが急速に巻き戻り出したのがわかる。そして改めて、再生ボタンが押されるのがわかる。また最初から?

 面倒臭いなあ。ちょっとだけわたしはそう思う。でも、このひととなら、何度だっていいじゃない、と思い直す。前に会ったときも、ワクワクすることがたくさん、いっぱいいっぱいあった気がするよ。

nous deux

Summitar 5cm f2 + M9-P



 長野にはあっという間に到着。わたしたちは駅前のバス乗り場で志賀高原行に乗る。バスは高速を二区間だけ走ってから専用道路に入っていく。そのころから雪がちらつき始め、うねるようなカーブを十ぐらいクリアする頃には、道路が真っ白になってくる。トンネルを抜ける度、白い世界は着実に完成していく。最初は道路だけだったのが、次には山肌が真っ白になり、その次には道路脇の家々が全部、そしていつの間にか見渡す限りすべてのものが真っ白に覆い尽されていく。最後のトンネルを抜けた時、ふいに道路の真上をリフトが横切って動いているのに出くわす。わたしたちの乗っているバスはそのリフトの下をくぐって行く。「さあ、ここが志賀高原の入口だよ」とあなたが教えてくれるの。「わあ、すごい、まるでおとぎ話の世界みたい」とわたしは言うの。

 翌日から、わたしはスクールに入ってスキーの猛特訓。一週間も経つ頃にはけっこううまくなって、もうどこでもあなたのあとを追って滑っていけるようになってるの。

 そうして、1月初旬のある日。午前中は吹雪いていたけど午後には晴れ上がって、でも頂上のあたりは誰も人がいなくて。そんな中、あなたがゆっくりとシュプールを描いている音だけが聞こえている。わたしはその音をたよりに後をついていく。しばらくすると、あなたがコースを外れて林の中に入っていくのが見える。あなたは、時々止まって後ろを振り返り、わたしの名前を呼ぶ。わたしはちゃんとあなたの後をついて行っているのだけど、あなたにはわたしの姿が見えていないみたい。そして、わたしもあなたの姿がだんだん見えなくなってくる。わたしはものすごく怖くなる。ああ、ひょっとして。あなたもわたしも真っ白なスキーウェアを着ているものだから、ふたりとも白銀の中に溶け込んでしまって見分けがつかなくなっているんじゃないか。……そう、わたしは気が付くの。






 昨日の夜に見た夢は、そんな夢でした。

windows

Summitar 5cm f2 + M9-P


 windows.




1÷7=0.142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857142857........

142857×2=285714
142857×3=428571
142857×4=571428
142857×5=714285
142857×6=857142
142857×7=999999




 初夢とは何日に見る夢のことを言うのだろう。大晦日から元旦にかけて、元旦の夜、あるいは2日の夜と諸説あるようだが、とりあえず2019年の元旦の夜にワタクシが見た夢は、みんな(たぶん今までの学生時代の仲間たち)と北海道あたりに遊びに行く予定の日に、なんと、自分だけ好きなふたりの女の子と別の場所(たぶん暖かい常夏の島)に出かけているという夢だった。つまりワタクシは元旦早々大切な友人たちを出し抜いて自分ひとりだけ好い目を見ているのである。これはなんとも寝覚めの悪い夢であった。

 みなさん、ゴメンナサイ。実際はこんなことありませんから! と声を大にして言いかけたところで、ふと自信がなくなった。ほんとうにそうだろうか。けっきょく我々は大なり小なり他人を出し抜いて生きているのではないだろうか。ワタクシだって、この競争社会、特に自分が十代二十代の頃は今よりもずっと弱肉強食の時代だったから、人よりもいいポジションを取るためにその都度その都度友人たちの先を越そうと計算高く振る舞ってきたのではなかったか。

 そうだ。きれいごとを言うのはよそう。所詮、社会生活とは限られた牌の取り合いなのである。でも、今年もうすぐ58歳にもなる身としては、そろそろ今までとはまったく違う別の生き方を標榜してもいいのではないか。その一方で、下流老人にならないためにも、これからは今まで以上に熾烈なせめぎ合いが必要になってくるのではないか。……あれこれ考え始めるとまた自信がなくなってくる。でも、せめて。これからの人生においては、恩ある人を裏切ることだけは決してすまい(自分の最低限の自由と誇りが維持できなくなったときはその限りではないが)と、心に誓った今年の初夢であった。

 ところで、どうしてワタクシは、常夏の島に好きな女の子をひとりではなく、ふたりも連れて行ったのでしょうねw 夢の中とはいえ、おのれの業の深さを感じます。。

dream

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M10-P

farewell2018

Summaron 35mm f2.8 L + M9-P


 farewell 2018.




 2018年も残りわずか。おかげさまで今年は一度も寝込むことなく、365日活動し続けることができた。そして、おそらくは今までの人生の中で一番働いた年ではなかっただろうか。大学の仕事、個人で受けている仕事、自分の研究、もろもろの事務作業。そして、ほかにも自分のアイデンティティに関わることでカタを付けなくてはならないことがたくさんあった。その結果、土日も満足に休めない生活が続いた。「そろそろ来年あたりから大学の仕事と研究に専心して、個人の仕事は控えたら?」とアドヴァイスしてくれる友人も多いが、アカデミズムを極めたわけでもない自分が大学の教員に採用された理由とその存在意義は自分自身が一番よくわかっている。最先端の現場での経験を続けない限り、大学における「鮮度」もあっという間に落ちてしまうだろう。そうならないためにも、常に大学での仕事と現場での実践は両輪で回していかなくてはならない。来年もその先も。でも、……さすがにちょっと疲れたなあ。……時にはインプットに専念できる時間が欲しい。サバティカルが取得できるまでに、あと最低何年必要だったか?

 でも、改めてこの年の瀬に、今年一年毎日アタマとカラダをフル回転し続けられたことに感謝しよう。一度も風邪も引かず、ひどい目眩に襲われることもなく。加齢と共にアタマもカラダも鈍化しているだけのことなのかもしれないけれどw

 父親が死んだ歳まであと十三年。そこまではなんとか。……さあて、とりあえず来年はどの方向に進路を取ろうか。

方角

Summaron 35mm f2.8 L + M9-P

曙光

Summitar 5cm f2 + M9-P


 曙光。


present

Summitar 5cm f2 + M9-P


 many thanks to 2018 Christmas.




 行こう行こうと思いながらなかなか行けなかったジャン=ポール グード展。けっきょく閉幕直前に銀座のシャネル・ネクサスホールに駆け込んだ。すごい混雑である。若い人たちもいっぱい来ている。今回の展覧会のアンバサダーにモデルのKōki(キムタクと工藤静香の娘ですね)が起用されたからかもしれない。最近のCHANCEのボウリングのCMなど、とても分かりやすいものも多くなっているからかもしれない。でも、我々世代にとってグードと言えば、80年代のグレイス・ジョーンズを起用したあの衝撃的なグラフィックデザインや、90年代のエゴイストのCM、あるいは鳥籠に閉じ込められたヴァネッサ・パラディのCOCOのCMが強烈に印象に残っている。





 今回の展覧会用の新作では、今度はシャネル自身が鳥籠の中を羽ばたく『Stomy Whether』のインスタレーションがチャーミングだった。

 最近、ヴァネッサ・パラディの娘(父親はジョニー・デップ)がシャネルの新しいミューズに選ばれたとも聞く。リリー・ローズ。




 時代は一巡りしても、シャネルの、そしてグードのクリエイティビティは涸れることがない。Jean-Paul Goude。今年で御年78歳。人は、グラフィックデザイナーであり映像ディレクターであり、アーティストである彼のことを image maker と呼ぶ。

 最近の広告においては、「リアリティが大切」「これからの時代のストーリーテリングはノンフィクションであることが鍵になる」などといったクリティックばかりが目に付くが(そして、自分も普段はよくそんなことを言っているがw)、やはり、強烈なイメージメーカーによる強烈なフィクションの力はスゴイ。……グードのクリエイティブに触れるとつくづくそう思えてくる。




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