naotoiwa's essays and photos



 まことにもって恥ずかしながら、ではあるが、3年目にしてようやく「研究する」ことの大変さがわかってきた。どんなテーマであれ、自分が「思い付いた」などと思っていることのほとんどには、既に近しい先行研究が幾つも存在している。それらをきちんと読み込むだけで膨大な時間がかかる。それでも、前職での習慣からか、組み合わせの妙に頼ればなんとかなるだろう、brand new なことが言えるだろう、自分はそこで勝負するのだ、などと安易に思ってしまうところが多分にあったのだが、実際に論文として文字で書き連ねていってみると、そうした自負めいたものはすぐにチャイルディシュな恣意性として露呈してしまう。

 でも、3年目にしてようやく「研究する」ことに熱中できるようにもなってきた。自分の論旨の流れの中で必要になってくる資料を調べ尽くすことは、大変だけれど楽しい。国会図書館に行く。より深度を高めるために所蔵先等に問い合わせる。そうして、直接著者や学芸員の方にお話を伺う機会を得ると、研究者のみなさんの日頃の調査研究の精緻さには改めて頭が下がる思いである。

 幸い、自分が現在所属している学部は「コミュニケーション学部」で、コミュニケーションの名の下にほぼあらゆることを研究対象にすることが可能なのだが、でもそれゆえにこそ、自分の出自である「広告コミュニケーション」研究を決しておろそかにすることなく、そして、自分の経験が及ばない他の研究分野に関しては、謙虚に、でも貪欲に、どんなことでも学ばせていただきたいと思う今日この頃である。


 



今、論文でも太宰治のこと書いてるし。さっそく見てきたけど、ナカナカでした。
蜷川演出、耽美なり。三人の女のテーマ別カラー演出もわかりやすいし。

そしてなによりも、音楽が三宅純さんですからね。これは良いに決まってます。



 数年ぶりに津軽に行ってきた。

 秋が始まろうとする時期に津軽を訪れるのはこれで三回目であるが、どこまでも続く黄金の稲穂と岩木山を借景にした空と雲の色は、何度訪れても特別な「色彩」を感じる。岩木山のシルエットは女性の横顔に似ていると言われて首を90度傾けてみたものの、山頂辺りの雲はなかなか流れず。

岩木山

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P


 今回は研究調査出張である。いくつかの資料の入手とその掲載許可をいただくために、青森、弘前、金木、芦野公園を巡った。特に青森県近代文学館、金木の旧津島家新座敷では大変有益な話を伺うことができた。この場を借りて感謝いたします。

 それにしても、太宰の『津軽』の初版本をデザインしたこんなお土産まであるんですねえ。これにはちょいと複雑な気分ですw

津軽クッキー

孤独の水たまり

Summilux 35mm f1.4 + M9-P


 孤独の水たまり。




 地階のジャズ喫茶である。70年代からずっとあった。階段を降りていくと、湿気た匂いがプンとして、出てくる珈琲は酸いた味がした。けれど今は違う。現代に生き延びるためにはジャズ喫茶も変わらなくてはならない。店内はずいぶんと明るくなった。大型の業務エアコンからはキリリと冷えた冷気が流れ出し、空気清浄機が饐えた匂いを除去している。古めかしいJBLのスピーカーは健在だが、真空管アンプもLPレコードプレーヤーも姿を消した。ピアノ曲がクリアなデジタルサウンドで流れている。明るいジャズ喫茶、と僕はつぶやく。

 それでも客はあまり入っていない。若い女の子がひとりだけ、一番隅のテーブルで壁に上半身をもたせかけながら文庫本のペエジを繰っている。空調が効きすぎて寒くなったのか、彼女はトートバックから黒いカーディガンを取り出してノースリーブのワンピースの肩に羽織った。それからしばらくして。キース・ジャレットが流れ出すと、彼女はカチリと銀製のライターで煙草に火を付け、目を瞑って聴き入った。シャープな横顔のシルエットが紫煙に揺れている。

 それを遠くから眺めながら、僕はちょっと救われた気分になる。今でもこうした若い女の子がいることにホッとする。群れずにたったひとり、読みたい本があって。煙草の吸い方が格好良くてキースが好きで、静かに自分の内面と向き合いながら「思案に暮れる」若い女の子が、今でもちゃんと存在していることに。

 Keith Jarret, My Song。この曲を初めて聴いたのは、僕が彼女と同じくらいの年頃だったろうか。




 

plage

Summilux 50mm f1.4 ASPH + M10-P


 à la plage.


島巡り

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M10-P


 島巡り中。


neu


 ちょいとお絵かき。




 いちおう、ワタクシも研究者の端くれなので(汗)、年に一本は論文もしくは研究ノートを執筆すべく格闘している。今年の夏に取り組んでいるのは、現代の広告クリエイティブと近代日本文学を関連付ける考察で、今までにもよく言われていることだが、かの太宰治の文章をコピーライターの資質として改めて検証するというものである。現在、三鷹の太宰治文学サロンにてその名もズバリ「コピーライター太宰治」展だってやっているし、そうしたことを論じる近代日本文学の研究者の方々は以前からたくさんいらっしゃるが、広告クリエイティブの研究者や広告の実務制作者が太宰治のコピーライティングについて詳細分析している書籍や論文はあまり見たことがない。ので、ここは太宰ファン歴かれこれ四十年余のワタクシが奮闘してみようかと。コピーライティングの見地から改めて太宰作品を読み直してみると、やはり女性の一人称文体の「斜陽」や「女生徒」がわかりやすく秀逸である。

 恋、と書いたら、あと、書けなくなった。

 あさ、眼をさますときの気持は、面白い。

 などなど。でも、コピーライティングの究極の奥義は、実は「フォスフォレッスセンス」という小品に隠されているのではないか、というのが現段階での論旨である。その根拠は、……

 さて。コピーライティングとは関係ない話だが、太宰がこの「フォスフォレッスセンス」を書いたのは亡くなる前の年の5月か6月。この作品の後に「斜陽」「人間失格」そして絶筆となった「グッド・バイ」が続くが、ワタクシはこの「フォスフォレッスセンス」にこそ、太宰の死に対する想いが最も表れているように思う。後半に出てくる、夫が南方から帰ってこない「あのひと」は、ともに入水した山崎富栄がモデルであろうし。

sora

Summilux 50mm f1.4 2nd + M10-P


 sora.


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