naotoiwa's essays and photos



 空き時間ができると部屋でひとり、PC画面で昔の映画でも見る機会が多くなった。例えば、岩井俊二監督の『Love Letter』、1995年製作。25年、もう四半世紀も前の作品である。中山美穂ダブルキャスト。「お元気ですかぁ」

 彼女(藤井樹)が暮らしている小樽の街。窓ガラスの外は冬景色。部屋の真ん中に石油ストーブ。彼女は風邪を引いている。咳が出る。熱も少しあるみたい。家族の前でも、マスクしないでゴホンゴホン。

 今の時世じゃ、あり得ない情景描写。でも、ほんの数ヶ月前までは、目の前で大切な人が風邪を引いて熱があったり咳をしたり……そうした情景を我々はゆったりと受け止めることができた。それは、感染ったとしても命にかかわる危険はなかったからだ。でも、世界は一変してしまった。このような情緒は失われてしまったのだ。

 なんてことを思いながら久々に見た『Love Letter』。小樽の天狗山とか出てきて懐かしい。彼女の父親が若くして風邪をこじらせて死んだ、というエピソードがなにやら暗示めいていたけれど。

 中山美穂(藤井樹)がもうひとりの中山美穂(渡辺博子)にワープロで手紙を書いている。手書きでもなくPCでもなく、ワープロというのがいい。1995年。思えばあの頃が一番世界は適度にモダンになりつつもまだまだ適度に情緒にあふれていた時代だったのかもしれない。







 生まれた街の、今はもう廃業してしまったデパアトの入り口に、死んだ父親と母親が立っている。ふたりの後をついて行き、デパアトの誰もいない一階のフロアを抜けると、一機だけエスカレーターが動いている。でもそれはキューブのトンネルみたいなエスカレーターで、五十センチ四方の開口部に上半身を潜り込ませると、中には薄暗くて酸いた匂いが立ちこめていた。古くなったワインがあちこちに零れているような匂いである。こんなエスカレーターの中に入ったら体中に葡萄の滓が付いて服がダメになってしまうよ、というところで一度目が覚めた。(これが3時半頃のことか)次に、誰かの部屋で、僕はアンティックな瓶に入った香水を嗅いでいる。瓶にはゴールドのリボンが巻き付けられている。香水は昔流行ったゲランの「夜間飛行」みたいにとても濃密な香りだ。(これが5時半頃のこと)

autosleep


 深い眠りが3時間を超えて表示されたのは久しぶりである。このautosleep、本当によくできている。apple watch を手首にはめて寝るだけで、心拍数の変化等でレム睡眠、ノンレム睡眠の詳細な可視化が可能である。いったいどうやって? といささか疑問に思うのだが、朝起きた時に感じる睡眠実感と、夢を見たタイミングは見事にこのグラフと一致している。



 土日はどこにも出かけず、部屋で竹久夢二の画集ばかりを見ている。夢二といえば、ザ・大正浪漫で片付けてしまう人も多いが、夢二は正当な(という言い方もヘンだが)マニエリスム&世紀末美術の画家である。夢二の描く女性たち、道行きの男女たちは、みなメランコリックで虚無的な表情をして、か細くうつむき加減、S字型に体をくねらせている。まさにフィグーラ・セルペンティナータ。道行きの男女の脚は二人三脚、サンボリックに融合している。
 そして夢二はセンティメンタルなだけではない、正当な詩人でもある。

「忘れたり。思ひ出したり。思ひつめたり。思い捨てたり。」

 なんて連句、ナカナカのものだ。そして、コピーライターの資質も抜群。

「あゝ、早く『昔』になれば好いと思つた。」

 これほどドキリとするコピーはない。もちろん、甘いだけの文章もいっぱいあるけれど。

「そしてまた、夕方の散歩とか郊外の小旅行とか、しめやかな五月の夜のことなど、を、あまい心持で空想しても見る。」(彦乃宛、大正六年四月四日の手紙より)








 102年前にスペイン風邪で死んだエゴン・シーレのことを想う。

 Edith, six months pregnant, contracts the deadly Spanish Flu in October and dies on the 28th. Egon, already ill, lasts scarcely three days longer, succumbing to the virus early in the morning of October 31st.




 緊急事態宣言が発令となった。少なくともゴールデンウィーク明けまで。長く生きてきたが、これほどにもリアルな場所やリアルな人びとのことをいとしく思う経験は今までにない。例年だったら今頃は、さあて、大好きな5月、何処に行こうか。少し遅めの春を楽しむために北に向かおう。弘前はどうだろう。いや、函館。まだ冷たい風が時折吹き付ける函館がいい。……そんなことを考えて、仕事の合間のスケジュールをやりくりしている頃である。

 函館が好きである。函館を舞台にした小説はいくつもあるが、特に好きなのは吉田篤弘さんの『つむじ風食堂の夜』と、筒井ともみさんの短編『北の恋人(スノーマン)』(『食べる女』に収載)だ。中島廉売所が出てくる。啄木の歌碑のある函館公園のレトロな遊園地も出てくる。風と路面電車の街、函館。今年は文庫本を読み返しながら、これから遅い春を迎える函館の情景を脳裏に浮かべるほかはない。

 太平洋と日本海に挟まれた半島のような地形をしているという地理的条件から、雪はあまり降らない。そのかわりに風がつよい。一年中、風が吹きぬけている。この街は風の街だ。

 かつては栄えたけれど、今は人口も減ってひっそりとしている。そんな街を吹きぬける風にはサラサラとした距離感のようなものがあって。その感触が私を和ませる。

 私がこの街を好きになったもうひとつの理由が、この路面電車だ。風の吹きぬけるひっそりとした街を路面電車が走りぬけていく。

筒井ともみ『食べる女 決定版』(2018年、新潮文庫)


 筒井ともみさん。日本を代表する脚本家である。向田邦子原作、森田芳光監督の『阿修羅のごとく』が印象に残っている。久世光彦演出の『センセイの鞄』の脚本もたしか彼女だったはず。

木漏れ日

Summilux 50mm f1.4 1st + M9-P + Color Efex Pro


 室内から眺める木漏れ日。





Il fait froid dans le monde.
Il fait froid.
Il fait froid.
Il fait froid.
Ça commence à se savoir.
Ça commence à se savoir.



 インターネット四半世紀である。1995年にウィンドウズ95が発売。この年、流行語大賞のトップテンにインターネットという言葉がノミネートされた。あれから25年。正確に言えばインターネットではなく WWW(world wide web)の歴史が1990年代から本格的に始まったわけだが、その間にメディア環境もテクノロジーもべき乗に変化していった。今ではインターネットで検索しSNSでコミュニケーションすることが我々の日常生活。プライバシーの感覚もインターネット前と後では180度変わってしまった。

 フェイスブックの日本語版が公開されたのは2008年。デジタルのクリエイティブを生業としていた私はすぐに参加し、自分の日々のデータをアップロードし友人のアクティビティに「いいね」を押しコメントを付け続けた。でも、ここ5年ぐらい、フェイスブックをはじめとする各種SNSに対してはあまりアクティブとは言えない。友人たちの近況を知るのは楽しいし、彼ら彼女らの読む本、訪れる展覧会、チェックしているニュースソースを知ることは自分にとってとても役に立つ。でも、そのコミュニティの中に自分がじわじわと固定化されていく気分になるのはなぜだろう? 新しい友人が増え続けてますますネットワークの幅が拡大していっているはずなのに。その理由をロジカルに説明することができなくてなんとも歯がゆいのだが(哲学者・批評家の東浩紀さんがそのあたりのことを各著作の中できちんと説明されていたはずなので、近いうちに精読し直したい)、チャーミングなセレンディピティが生まれる気があまりしない。

 実際、最近遭遇したセレンディピティを思い返してみると、国会図書館で見つけた論文に魅惑されてその著者に会いに行こうと決心したり、気まぐれに訪れた地方のバスツアーで隣の席になった方と仲良くなったり、講演の後で「話が面白かった!」と追いかけてきてくれた方と話し込んだりと、きっかけはSNSではなくすべてリアルなシチュエーションからだった。だから2020年の年初に、私は次のように決心したのである。新しい方々との出会い、あるいは旧知の方々との今までとは違う付き合いを探して、これからはよりいっそう自分から積極的にリアルな場所でのダイレクトなコミュニケーションを追い求めていきたいと。SNSはその継続のためにあればいい。

 ところが、この新型コロナウイルスの深刻な感染拡大である。相手と直接会えない、直接確かめ合えないことの切なさとつらさ。でも、今のこの状況では感傷的なことを言っている余地は皆無だ。直接会えなくともオンラインで互いの気持ちをどこまで伝え合えるのかを必死に考えながら、zoomを使ったオンライン授業の準備をし、新年度になって人生をリフレッシュした友人たちと会える日々を楽しみに待つ毎日である。

silhouette

Elmar 35mm f3.5 L + M9-P + Silver Efex Pro


 新型コロナウイルスでお亡くなりになった方々に謹んで哀悼の意を表すとともに、体調を崩されている方々の一日も早い回復を、そして一日も早いウイルスの終息を祈りつつ。よりいっそう自らの行動に自戒を込めて。2020年4月1日。



 59歳になりました。あと一年で還暦。60歳とは!
 
 昔々、自分が40歳になるなんて、とても信じることができませんでした。1999年に世界は滅亡する。(ノストラダムスの大予言ですね)ゆえに39歳で死す。ところが、あっさり2000年はやってきて、私は40歳になりました。

 そこからが早かったです。あれよあれよといううちに10年が過ぎ、50歳になりました。この年、東日本大震災が起きました。そしてまた9年。今年は新型コロナウイルスの感染拡大で世界中が混乱しています。

 人生は長いようで短く、短いようで長い。この中途半端な時間がせつなくて、だからこそ愛しいのでしょう。

 そんなことをぼんやりと考えている、今は、少しばかり花冷えのする3月23日の夕刻です。

 最後に、この新型コロナウイルスの感染拡大が一日も早く終息することを祈ります。

sakura2020

Summilux 50mm f1.4 1st + M9-P + Silver Efex Pro

pierrot

Summilux 50mm f1.4 1st + M9-P

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