naotoiwa's essays and photos



 本日誕生日を迎えました。くぅー、還暦だそうです。60歳だそうです。目眩がします。クラクラ。

 けっこう長い時間を生きてきましたのでね、このくらいのトシになると、正直言って「昔恋しい」ときも多いです。でもこの一年、おかげさまで、今までにない自分を規定してくれる新しい「他者」、新しい「物語」にたくさん巡り会うこともできました。「我ン張」らなくてはと思っておりマス。はい、中原中也の「頑是ない歌」のごとくです。

 思えば遠く来たもんだ 此の先まだまだ何時までか 生きてゆくのであろうけど 
 生きてゆくのであろうけど 遠く経て来た日や夜の あんまりこんなにこいしゅては 
 なんだか自信が持てないよ さりとて生きてゆく限り 結局我ン張る僕の性質(さが)


 「頑是ない歌」、大好きな作品のひとつですが、こうして読み返してみると、今の自分の半分以下の年齢で、既にこれほどのノスタルジーと達観を決め込める中原中也はやっぱり天才だわいと、改めて恐れ入ってしまう訳です。

 長く生きていると、どうしてもその分、自分のアイデンティティなるものを勝手に作り上げてしまいがちです。還暦を迎え、これからはそういうものをどんどんユルくしていけたらなあと思います。あるいは、九鬼周造言うところの「そこではまだ可能が可能のままであったところ」に遡っていけたらなあと思っています。

 それにしても。神社に行って厄年年齢表なんぞを見たりすると、なんと60歳は男も女も厄年なわけでして、還暦になった人がみんな厄年というのもなんだかなあと思ってしまう今日この頃です。「思えば遠く来たもんだ」

 *本日は、本務校の卒業式。近くの野川の桜はほぼ満開でした。 

野川

Elmarit 28mm f2.8 2nd + fp







 

pray

Oplar 50mm f2.8 + FOCA PF3 + Fuji100

 pray.




 なんだか最近、お洒落なフルーツサンドの店がブームですね。フルーツ大福の店なんかもある。恵比寿にあるこの店も連日長蛇の列である。平日の開店直後、まだそんなに並んでいない時間帯を見計らって試しに買ってみることにした。ミニマルで洒落た店の内装に色とりどりのフルーツの色が映える。
 まずは入口で、感染予防対策もあってか「当店は完全キャッシュレスです(現金は使えません!)」と告げられる。その後、店員の方がお客さんひとりひとりに商品の説明をしてくれる。「今日はパイナップルがお薦めですよ!」とか「イチゴは各種あって、あまおうは、云々、とちおとめは、云々、エトセトラエトセトラ」とまるでコンシェルジュみたいに。各々の値段は商品近くには表示されておらず、全部選んで会計時でないと正確な金額はわからない。今回はあまおうとみかんとお薦めのパイナップルにしてみたが、どれもたっぷりのフルーツと上品な甘さの生クリームの組み合わせが絶品で、なるほど、これは少々値段が高くても人気が出るかもね、と思った。

フルーツサンド


 まあ、自分のような世代の人間は、生フルーツサンドといえば、伊豆は河津湯ヶ野にある「塩田屋本家」のもので十分おいしく懐かしいのだけれど。(すぐ近くには「伊豆の踊子」の舞台で有名なあの福田屋がある)

 さて、お恥ずかしながら若い頃(二十代の半ばごろ)に妙な潔癖主義から、一時、ベジタリアンならぬフルータリアンに憧れたことがある。で、何週間か実践して見事に挫折した経験がある。そんなことを思い出させる近頃のフルーツサンドブームである。



 今まではあまり気に留めたことがなかったのだけど、最近、フランスのライカ風レンジファインダーカメラの FOCA が気になってしかたがない。初期のものはスクリューマウントで(ライカのスクリューとは径が違う)レンズ交換が可能だが、50ミリの標準レンズしか距離計が連動しない。シャッターダイヤル兼用の巻き上げノブは一回転半ぐらいグリグリと回さなければならず、おまけにノブの表面形状がソリッド過ぎて指先が痛くて皮が剥ける。使いにくいことこの上なし。けれど、カメラ全体のデザインがバツグンに垢抜けているのだ。フランス1960年代のモダンデザイン。

FOCA


 そしてなにより、標準で付いている50ミリのOplar 50mm f2.8、計ったら100グラムにも満たないこの軽量アルミのレンズの写りがなんとも味わい深い。彩度低めのクールトーン、色相も光線の加減によって青みがかったり黄色がかったりで、久々にフィルムで撮っていて楽しくなるレンズである。

仁王

Oplar 50mm f2.8 + FOCA PF3 + Fuji100


 デジタルでも是非使ってみたいのだが、あいにくFOCAのマウントアダプターはメジャーなメーカーからは市販されていない。

 FOCA。ライカに較べれば工作的な精度はずいぶんと落ちるのだろうけれど、カジュアルにユルく使いこなしたい洒落たフレンチカメラである。残念ながら日本にはあまり個体が入ってきていないようで、状態のいいものに巡り会えるチャンスが少ないのだけれど。

mask

Septon 50mm f2 + α7s


 mask.


阿羅漢

Summcron 5cm f2 L (collapse) + SOOKY + Ⅱf + Lomo100


 阿羅漢。



 原美術館。「光—呼吸 時をすくう5人」展の終了をもって、本日いよいよ閉館である。昭和十年代に建てられたアールデコの館。若い頃から何度も足繁く通った美術館である。仕事の雑事から自分を開放したくなったとき、ジャン=ピエール・レイノーの白いタイルの部屋が無性に恋しくなった。宮島達男さんの作品を初めて見たのもここである。代休を取って平日の昼間に車でこの美術館に来て(敷地内に駐車場があるのだ)、中庭に面したカフェ・ダールで遅めのランチを食べながら何時間もぼおっとしているのが至福の時だった。そこで考えをまとめて実現した企画もいくつかある。

 最後の展覧会は昨年末に予約してゆっくりと鑑賞した。亡くなられた佐藤雅晴さんの展示を最後に再びこの原美術館で見ることが出来てよかった。「東京尾行」。これからは、原美術館も佐藤雅晴さんも記憶の中でしかトレースできなくなる。




 「瀬戸正人 記憶の地図」展を東京都写真美術館で見た。瀬戸正人さんは私が90年代からずっと憧れ続けている写真家のおひとりである。
 瀬戸さんの撮るポートレイト、そのほとんどの場合、モデルたちの目線はカメラに向いていない。カメラに気付かれない瞬間を狙っているのではなく、むしろその逆で、モデルたちはカメラを意識しつつもファインダー越しに見られることに倦み、自身の内省へと沈潜を始めている。その時間帯をカメラが暴いているのだ。結果、モデルたちの個性ではなく(と、このインタビュー映像の中で作家自身も語っている)、人間そのものの本質、いや、人間を越えて生き物の本性みたいなものまでが滲み出ているように感じる。
 緊急事態宣言初日の午前中ということもあって、幸か不幸かほとんど貸し切り状態で、約二時間、じっくりと写真展を鑑賞することができた(もちろん館内の万全の感染防止対策のもと)。会場内撮影OK とのことだったが、iPhone やデジカメを向ける気分にはならない。鞄の中に古いコンタックスのレンジファインダーカメラが入っていたので、コリコリと距離計を、俯いて涙を流している女性の瞳や公園にピクニックに来ているカップル達の不可思議な肢体に合わせてみたりしながら。

 会期は今月24日まで。



 新年を迎えてもコロナ禍は収まりそうもなく、それどころか全世界的に感染拡大の勢いを増している。在宅勤務、テレワーク化を今年は昨年以上に推進せざるを得ないのかもしれない。そうなってくると、今までの働き方、学び方の常識は通用しなくなる。実際の場所に出社したり出校したりすることだけが勤務や通学ではない。仕事や学びと休日の境界、パブリックとプライベートの境界がどんどんシームレスになっていく。
 私は大学教員の傍ら、数年前からフリーランスの個人事業主として仕事をしているので、こうしたシームレス感は当たり前になっているが(日曜日にフルタイムで仕事をしていても苦にならないし、その分、どこかぽっかり空いた平日の自由を満喫する術も覚えた)、でも、どうなんだろう、やはり人間というのは、時間的な制約があって、ここからここまでは仕事(あるいは勉強)、ここからここまではフリー(自由!)と決まっていた方がココロがトキメク生き物なのかも。

 私が小学生、中学生、そして高校生だった1960〜70年代は、土曜日はまだ完全休日ではなかった。いわゆる「半ドン」というやつで、でも、だからこそなおのこと、あの土曜日のお昼時の開放感(小学生ならば集団下校の時のあの気分、中学生・高校生ならば、校門を真っ先に抜け出し遊び場に向かう時のあの気分)は格別だったようにも思う。私が1984年の時点で就職した会社もありがたいことに既に土曜日は完全に休日だったし、日本のおける週休二日制の歴史はけっこう長い。その結果、休日前の開放感を堪能する日は前日の金曜日へとスライドし、当時「キンツマ」的ドラマが放映されたのだろうけれど、でも、今思い返してみても、あの土曜日の「半ドン」気分は格別だった。半分休み、というのがいいのだ。

 ところで、「半ドン」のドンは「ドンタク」のドンである。ウィキペディアによると、zondag、オランダ語で日曜日を意味する言葉の日本語訛りらしい。ちなみに、現在私は竹久夢二をテーマにした論文を書いているが、夢二の絵入り小唄集のタイトルは『どんたく』であり、彼が大正12年につくった商業デザインの会社名も「どんたく図案社」である。

 限られた休日(ドンタク)があるからこそ、平日の働き甲斐(学び甲斐)があり、休日への開放感にココロがトキメクのかもしれない。これからの時代は、それを自分自身でコントロールし、自分だけのドンタク、あるいは「半ドン」を演出していく必要があるのかも。



 大学教員になって今年で早や5年目を迎える。言うまでもなく、大学教員のミッションは研究と教育であるが、実務経験で採用された(と認識している)自分に何が求められているかは十分理解している。それゆえ、この4年間は特に学部教育に全力を費やしてきた。しかしながら、元来あまのじゃくな性格のワタクシとしては、期待されてない(?)研究分野においてもなんとか自分らしさを出せないものかと、大学の紀要には毎年一本は欠かさず論文もしくは研究ノートを書こうと決めている。(現在執筆中のものが完成すると4本目となる)が、やはり今まで生業にしてきたことが「いかに語るか」であった自分が「いかに論じるか」に徹するのには限界もあろうし、アカデミズム出身の同僚のみなさんのような高度なモチベーションを論文執筆に持ち続けることは能力的に難しい。(やはり、諸先輩方のものと比較すると自分が書いたものは明らかに「語り口」ならぬ「論じ口」が違うようですw)

 でも、ここ一二年、私はワタクシなりに論文執筆の醍醐味みたいなものを感じ始めてきたような気もする。誤解を恐れずに言えば、それを detective と表現してもいいのかもしれない。分野の全く違うコレとアレがなんとなく繋がっているような予感がする。それが自分の仮説で、その一見脈絡のなさそうな二つの事象を繋ぐ証拠を detective に探していくのだ。あるいは、先行研究等でよく言われていることの余白部分になにか別の大切なことが潜んでいるような予感がする。そのおぼろげな姿を detective に解き明かしていくのである。

 そして、いったんこうした作業に没入すると、部屋はおびただしい数の古書の巣窟となる。電子書籍ならばどんなに冊数が増えようともタブレット一台にスマートにダウンロードすれば事足りるが、特に近代文学系の研究の場合、その初版本を実際に入手しないと埒が明かない場合が多く、「日本の古本屋」サイト等で購入した黄ばんだカビ臭い、あるいは型崩れした初版本たちが堆く積み上げられた巣窟にひとりで籠もることになる。残念ながら優秀なワトソン君はいないので、資料集めから調査出張、そして執筆まですべて自分ひとり。でも、この作業がけっこう楽しいのである。ドキドキするのである。そして、ひとつ書き終えてもすぐにまた次の解き明かしたい別のテーマが待ち構えていたりするのである。

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