naotoiwa's essays and photos



 非常事態宣言が解除になって、東京の街はまたまた人で溢れ始めている。で、けっこうなパーセンテージでマスクを付けない人の数も目立ってきた。ランニング中にマスクをしてたら熱中症になりかねないとか、マスクでどこまで飛沫感染を防げるのかその精度が疑問、といった考え方もわからないではないが、万が一でも自分から相手に感染させることがないよう、その意思表示のためだけにも完全に終息するまでは外出時にはマスクをすべきだと思うのだけれど。

 さて、私自身はマスクをつける生活が完全にスタンダードになりつつある。ファッション性も気になるので倉敷の工房からデニムマスクも購入した。で、そんな生活が2ヶ月以上も続くと、実はこっちの方が理にかなっているような、外出先で他人に自分の「口」を見せたままにしていた今までの生活スタイルの方が不自然なような、そんな気分にもなってくる。よくよく考えると、「口」およびその奥に拡がる口腔というのは、呼吸もするし食物も摂取するし、はたまた愛情表現のメディアにもなるし、これはなかなかに多義的でそれゆえにこそなかなかにエロティックな存在ではないだろうか。イスラムの女性たちが外出時にはニカブやブルカといった黒布のフェイスマスクを常時付け、家族以外には口も鼻も見せないという風習を思い出す。

 そんなことをぼんやり考えていたら、クラシック音楽のプロデュース・ディレクションをやっている友人の方から、こんな素敵な動画を紹介してもらった。黒マスクを付けた黒ずくめの衣装のソプラノ歌手の表情とマスク越しの歌声が、なんとも。。座ったままというのがまた。。



 なんでもかんでもさらけ出して、それが自分のアイデンティティ(individual)いうのが近代以降の発想だが、それだけじゃ、美意識は深化しないよね?



 今年、長男は今年院生2年目で、現在就活中。留学等で一年ダブっているから学部卒業生に比べたら3年遅れとなるが、いよいよ来年の四月から就職である。コロナ禍での就活はほとんどがオンライン面接のようだ。来年の春に世の中がどういう状況になっているか現段階ではさっぱり予測がつかないが、まだまだかつての日常は戻っていないだろう。そんな中で彼は新社会人一年目を迎えることになる。(就職浪人にはならないと思うのだが……。)

 そこで、ハタと気がついた。自分は今年59歳。もしもあのまま会社に残っていたら来年の春に満60歳になる。すなわち定年を迎えるのだ。今は60歳になってもほとんどの人が再雇用を願い出ているようだが、いずれにしても広告会社に所属するクリエイターとしての人生は来年の3月に終了。そのタイミングで、親が定年を迎えたその年に子が新社会人一年目を迎えることになる。世代交代というよりも世代が循環している、シームレスに。なんとも人生には不思議な巡り合わせがあるものだなあとつくづく思う。


lion




 広告クリエイティブの師匠である杉山恒太郎さんによる「世界を変えたネット広告10選」の連載が、5月20日より日本経済新聞の文化面「美の十選」にて始まっています。電子版の方では、私がその作品解説を担当しています。

 インターネット四半世紀。2020年の今、世界を席巻した日本のデジタル広告の快作たちをリマインドすることは、今後さらに深化していくであろうこれからの広告コミュニケーションの行方を思索する貴重なヒントになると思います。これらの作品を創って世に送り出した広告主、クリエイター、プロデューサーのみなさんへのリスペクトの想いを新たにしながら執筆しました。

 1990年代後半のデジタル広告黎明期から、杉山さんをはじめとするクリエイティブの諸先輩、仲間たちとともに未知の世界をヤンチャに探検してきたこの25年間に感謝しつつ。



 かれこれ巣籠もりも2ヶ月を超えた。今までなかなか出来なかった家の中の片付けもけっこうはかどった。ついでにPCの中の整理整頓も。……ということで、ずいぶんと古い写真も何枚か、ハードディスクの階層の奥底から発掘された。


 例えばこれ、20代の後半に乗っていたプジョーCTIカブリオレの写真である。当時鎌倉に住んでいて、毎週この車で湘南と都心を往復していた。朝比奈ICから横横道路、あるいは北鎌倉、大船を抜けて戸塚の原宿の交差点から国道1号線経由第三京浜。このCTI、車重は1トンに満たないのにエンジンは1.9L、トルクは十分で見た目よりも重厚でパワフルなドライブを楽しめた。ただハンドルが重くて重くて(これでパワステ付いてる?)、そしてご多分に漏れずフランス車特有の電気系統の故障の多さに悩まされた。

CTI


 でも、すぐに屋根をオープンにできる(手動だったが)カブリオレの心地よさは湘南生活ではやはり格別で、夏の日の朝早く、ひとりで茅ヶ崎の先の「虹ヶ浜」まで出かけて、そこの駐車場に車を停めてフルオープンにし、カセットテープ(!)で Kali のアルバムなんかを聴いている時間が最高だった。 Kali 、マルティニーク島のアーティストである。当時は車も音楽もどこまでもフランスかぶれで、我ながらなんともイヤ味な青年であったと思う。(笑)

 そして、この車で一番強烈に印象に残っているのは、あれは1990年の大晦日だったか、鎌倉は大晦日の23時を過ぎると交通規制で車で市内に入れなくなるのだが、若さに任せてついつい遅くまで遊びほうけて定刻を過ぎてしまい、滑川の交差点から中に入れなくなってしまった。警察官に鎌倉住民だと何度説明しても、事前に通行許可書を申請していないとダメの一点張りで、この車の中で新年を迎えたことをよく覚えている。



 「東京ラブストーリー」のリメイク版の配信が始まった。2020年のカンチは伊藤健太郎、リカは石橋静河。オリジナル「東京ラブストーリー」が放送された1991年はまだケータイのない時代。すれ違いのドラマツルギーがもどかしくも切なかったが、スマホとlineのある令和の「東京ラブストーリー」もナカナカだ。やはり、原作者柴門ふみが描いた「赤名リカ」のキャラクターそのものが時代を超えてバツグンに魅力的なんだろうと思う。

 そして、今回、ドラマの舞台は原作通り広告会社に戻った。広告業界のこれからとか広告会社の資産価値がどうなっていくのかなんてよくわからないけれど、あの頃も、そして今も、ヤンチャでトンがった素敵な女の先輩が何人もいた広告会社、彼女たちに憧れトキめくことができる広告会社ってやっぱりいいなあと思う。もう一度20代に戻ったらまた広告会社に入り直すかも、なんて思えてしまう、石橋静河演ずるところの2020年、「赤名リカ」である。



藤

Summilux 50mm f1.4 1st + M9-P


 藤の花、今が盛りなんですね。。

影絵

Summilux 50mm f1.4 1st + M9-P + Color Efex Pro



 新型コロナウイルスの感染拡大は容易には終息しそうもなく、我々はこの状況を1年〜2年スパンで考えないといけないようだ。afterコロナではなくwith コロナという意識が我々の中で出来つつある。自分もそう思う。高温多湿の夏場にいったん小康状態にはなるものの、また秋から冬にかけて、そして来年の春先と、この戦いはかなり長く続くと覚悟しなければならない。その間に画期的な治療薬やワクチンが開発されない限り、ロシアンルーレットみたいに毎日誰かが亡くなってしまう。それは自分かもしれないし自分の大切な家族・友人かもしれない。なんとも暗鬱な、そして常にヒリヒリとした緊張感の中で我々はこれからの人生を生きていくことになる。だからといって、厭世的になってばかりもいられない。私の場合、まずは大学教員として、いかに学生のみなさんが納得し満足してくれるオンライン授業を構築できるか、試行錯誤を重ねつつもなるべく短期間の間に自分なりのベストの手法を提示しなくてはならない。ひとりのクリエイティブ・ディレクターとして、ひととひととが直接会えない時代の「コミュニケーション」をどう考えるのか、それをどのように表現していけるのかを考え抜かなくてはならない。今こそこの困難な状況に向かって建設的にチャレンジしていくべき時だ。

 けれども、同時にこんなことも思う。自分たちの世代はつくづく恵まれていた世代だったのだと。1980〜90年代に20〜30代を過ごすことができた自分たち。もちろんその間に世界ではイデオロギーが終焉を迎え、日本ではバブルの狂乱とその崩壊、2000年代後半からは長く続く不景気に見舞われたが、とりあえず、日本全国津々浦々何処にでも行けたし、憧れと冒険心を持って世界中のほとんどの場所を訪れることができた。そうしたさまざまな場所でさまざまな経験をし、さまざまな人からダイレクトにかつリアルに受けた刺激が現在の自分の思索の糧になっている。それが2000年を過ぎて、2001年の9.11、2011年には3.11、そして今年の新型コロナウイルスと、10年に一度のスパンでそれまでの思考をリセットさせられるほどの強烈な体験を我々は強いられている。1980年代生まれ以降の若い人たちは、20代〜30代のアドレッセンスを、この世界を、心から素晴らしいと思えたことがあったのだろうか。自分たちの世代に「世界は素晴らしい」と心から思えた瞬間が何度かあったように。……そんなことを思っていたら、夢二じゃないけれど「早く昔になればいい」、彼ら彼女らにも「あの昔」を味わせてあげたらなあ、なんておせっかいな(大きなお世話な)ことまで考える始末で、これはなんとも建設的ではないなあと反省しつつ、でも実は、「昔に戻る」ことこそ最も勇気が要って建設的なことなのではないか、そうどこかで確信している自分もいたりするようだ。take me back to then when life was mellow.









 空き時間ができると部屋でひとり、PC画面で昔の映画でも見る機会が多くなった。例えば、岩井俊二監督の『Love Letter』、1995年製作。25年、もう四半世紀も前の作品である。中山美穂ダブルキャスト。「お元気ですかぁ」

 彼女(藤井樹)が暮らしている小樽の街。窓ガラスの外は冬景色。部屋の真ん中に石油ストーブ。彼女は風邪を引いている。咳が出る。熱も少しあるみたい。家族の前でも、マスクしないでゴホンゴホン。

 今の時世じゃ、あり得ない情景描写。でも、ほんの数ヶ月前までは、目の前で大切な人が風邪を引いて熱があったり咳をしたり……そうした情景を我々はゆったりと受け止めることができた。それは、感染ったとしても命にかかわる危険はなかったからだ。でも、世界は一変してしまった。このような情緒は失われてしまったのだ。

 なんてことを思いながら久々に見た『Love Letter』。小樽の天狗山とか出てきて懐かしい。彼女の父親が若くして風邪をこじらせて死んだ、というエピソードがなにやら暗示めいていたけれど。

 中山美穂(藤井樹)がもうひとりの中山美穂(渡辺博子)にワープロで手紙を書いている。手書きでもなくPCでもなく、ワープロというのがいい。1995年。思えばあの頃が一番世界は適度にモダンになりつつもまだまだ適度に情緒にあふれていた時代だったのかもしれない。







 生まれた街の、今はもう廃業してしまったデパアトの入り口に、死んだ父親と母親が立っている。ふたりの後をついて行き、デパアトの誰もいない一階のフロアを抜けると、一機だけエスカレーターが動いている。でもそれはキューブのトンネルみたいなエスカレーターで、五十センチ四方の開口部に上半身を潜り込ませると、中には薄暗くて酸いた匂いが立ちこめていた。古くなったワインがあちこちに零れているような匂いである。こんなエスカレーターの中に入ったら体中に葡萄の滓が付いて服がダメになってしまうよ、というところで一度目が覚めた。(これが3時半頃のことか)次に、誰かの部屋で、僕はアンティックな瓶に入った香水を嗅いでいる。瓶にはゴールドのリボンが巻き付けられている。香水は昔流行ったゲランの「夜間飛行」みたいにとても濃密な香りだ。(これが5時半頃のこと)

autosleep


 深い眠りが3時間を超えて表示されたのは久しぶりである。このautosleep、本当によくできている。apple watch を手首にはめて寝るだけで、心拍数の変化等でレム睡眠、ノンレム睡眠の詳細な可視化が可能である。いったいどうやって? といささか疑問に思うのだが、朝起きた時に感じる睡眠実感と、夢を見たタイミングは見事にこのグラフと一致している。

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