naotoiwa's essays and photos

みくじ

C-Sonnar 50mm f1.5 ZM + M9-P


 みくじ。




疎水

C-Sonnar 50mm f1.5 ZM + M9-P


 疎水べりにて@京都


ジギタリスdigitalis

Summar 5cm f2 (Chrome 1938) + M9-P


 魔女の指抜き。
 ジギタリスには毒がある。


crow

Sonnar 50mm f1.5 ZM + M9-P


 現代版イチゴゾナー。
 不思議な立体感。




 

jasmine1

jasmine2

Nikkor Z 40mm f2 SE + Zf


 ジャスミンの香に誘われて。




 時折無性に、根岸駅や山手駅で下車して、横浜の根岸旭台や大芝台あたりを歩き廻りたくなる。根岸駅からユーミンの歌で有名なドルフィンまで、小学校裏の急な坂道階段等を経由して登っていくと、まだ5月の初めだというのにジワジワとシャツの下が汗ばんでくる。ドルフィンから横浜駅根岸道路を折れ、右手に柵で覆われた根岸米軍住宅(今年返還予定)沿いに歩く。前方に旧一等馬見所が見えてくる。広場からの山下公園方面の眺めがすがすがしい。

第一馬見所

 そこから中華義荘までは10分もかからない。横浜の外人墓地といえば中島敦の記念碑もある中区山手町の外人墓地が有名だが、この華僑の方たちの眠る中華義荘(地蔵王廟)はとても風情がある。(ねじめ正一の小説『荒地の恋』でも、詩人北村太郎の住んでいたアパート近くの描写として何度かこの辺りの風景が登場する。)

 ここは、いつ行っても、かぐわしいお香が焚かれていて(全然抹香臭くない)、廟内は薄く白く煙っている。そしてこの季節、どこか近くで咲いているジャスミンの花の香りとも溶け合ってまるで桃源郷のよう。その中で、高貴な黄色の服を着た秀麗な若い女性が、跪拝(きはい)叩頭(こうとう)して一心に祈りを捧げていた。。

地蔵王廟


all photos taken by Summicron 50mm f2 4th + M6 (with leicavit M) + Fuji100


 東京都写真美術館にコレクション展「Don’t think.Feel.」を見に行った。第3室に展示されていた川内倫子さんの《Illuminance》《M/E》シリーズの写真、映像が圧巻だった。解説文には以下のように記されていた。

 タイトルは「Mother Earth(母なる地球)」の頭文字であり、また「Me(私)」を意味します。その言葉は「地球と自分自身が反転して一体化したような不思議な感覚を想起させた」と川内は述べています。

 また、第2室の、川村邦光さんの著作『家族写真の歴史民俗学』を紐解いた展示も大変興味深かった。有名な植田正治さんの《綴方 私の家族》の構図と、戦前の天皇家の家族写真の構図を比較した考察等。

 第5室には大好きな中山岩太さんの《長い髪の女》とともに、この言葉が紹介されていた。著名な写真評論家の飯沢耕太郎さんもこの言葉を何度か紹介されている。https://tokinowasuremono.blog.jp/archives/53227435.html

 「私は美しいものが好きだ。運悪るく、美しい者に出逢はなかった時には、デツチあげても、美しいものに作りあげたい」
(「カメラクラブ」1938年1月号)

 同時開催中の「W.ユージン・スミスとニューヨークロフトの時代」展も見に行った(なんと満65歳を迎えると入場料が半額ということで思わずセット券を購入。嬉しいやらちょいと切ないやら。。)セロニアス・モンク等、ジャズの巨匠達も集まったニューヨーク・マンハッタンのアパートでの、「As from My Windows I sometimes Glance... 」と「The Loft from Inside In... 」のふたつのシリーズ、そして日本での《水俣》シリーズ(使用機材のニコンF2とNikkor N-Auto 24mm f2.8も展示されていた)に圧倒された。そして、この言葉がとても印象に残った。

 Don’t stoop to your own lebel. (自分のレベルまで落ちぶれるな)

 stoopというのはアパート等の玄関前のポーチのことで、ここで物を売りさばく行為を指したスラングだと思われるが、さきほどの中山岩太さんの言葉と相まって、久しぶりにココロが震え、奮えた。

 今の時代、どんなことでも自然体で無理をせず、が基本になってしまっているが、クリエイティブ=何かを創り出すという行為にはやはりこのくらいの気概と決意がないと成立しないものだと思う。

rose

Summicron 50mm f2 4th + M6 (with leicavit M) + Fuji100


 久しぶりのM6。ライカビットを付けて。


新緑

Summicron-C 40mm f2 + M8


 久しぶりのM8。レンズも久しぶりのズミクロン40ミリ。



 現在、畠山美術館で開催されている「王朝のみやび」展と「守屋多々志の華麗な歴史画」展、素晴らしかった。

 「王朝のみやび」展では、改めて日本文化の「余白」の粋を堪能できる。例えば、酒井抱一の《富士見業原図屏風》。富士山は比叡山の何倍もの高さであると言葉で綴りながら、在原業平が見上げる先に肝心の富士山は描かれていない。逆に人物を敢えて描かない「留守文様」という手法もあるという。《蔦の細道蒔絵硯箱》では、蔦と楓という借景と、僧が背中に背負う笈(おい)という小道具のを描いて、肝心の主人公(伊勢物語の一節なのでこちらも在原業平)を描かない。あるいは、尾形乾山の《色絵藤透鉢》《色絵菊透鉢》。透かし絵ならぬ透かし鉢。所々、葉や茎の花びらの一部が立体的に刳り抜かれている。余白の美学、不在の美学のオンパレード。和歌や短歌で印される署名の「読人不知」(よみ人知らず)だってそうだ。匿名性の美学。

 「守屋多々志の華麗な歴史画」展も新たな発見が多かった。守屋さんが著名な日本画家で故郷が同じ岐阜県大垣市であることは知っていたが、生まれが船町(亡母の実家である)、育ったのは桐ヶ崎(高校まで過ごした家が桐ヶ崎町)で、卒業した小学校も高校も同じ(興文小学校、大垣北高校)だった。故郷の誉れ、尊敬すべき大先輩である。日本画の歴史画ももちろん素晴らしいが、1950年代にイタリアに留学していた時に描いた絵が特に味わい深かった。例えば、フィレンツェのサン・マルコ修道院、フラ・アンジェリコの絵がある窓辺を描いた《アンジェリコの窓》。昭和50年代に朝日新聞社から出版された『イタリア紀行』という画集があるらしい。大垣市にある守屋さんの美術館も改めてゆっくりと訪問してみたい。今年の夏は故郷で亡母の十三回忌の法要もあるし。

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