naotoiwa's essays and photos



 まだ五月だというのに、今週末、気温は30度を超え35度になるところもあるとのこと。あっという間に夏到来である。というわけで、髪の毛を切ることにした。さっぱりと。

「サイドは耳にかからないように。で、前髪も揃えちゃおうかと」と言うと、いつも担当してくれている美容院のお姉さんは、「じゃ、マッシュくんにしちゃいましょうか?」と乗り気である。マッシュルームカット?「攻めましょう。おわんみたいにしちゃいましょうよ。ウフフ」……このひと、完全にひとの髪で遊ぼうとしているぞ。
「あ、いや、サイドはボリューム付けたくないんで、マッシュルームカットはご勘弁」「でも、前髪は揃えるんですね?」「はい、眉の上で」「パッツン、でいいんですね」「はい、パッツンでお願いします」

 ええっと、心の中で想定しているのは藤田嗣治のおかっぱカットなのである。最近では仏文学者の小野正嗣さんがそれっぽい髪型をしている。それらを意識してのオーダーなのである。

 ザクザクザク。ジョキジョキジョキ。……髪の毛のボリュームが半分ぐらいになった。で、最後に前髪をチョキチョキチョキ。彼女はとても手際がいい。感覚派で天才肌である。ものの10分で仕上がった。「はい、できました!」……鏡を見る。眼鏡をかける。土台が違うのはいたしかたないけれど、髪型だけはレオナール藤田と相成った。

「お似合いですよ」(お世辞でも嬉しい。ありがとう)彼女が鏡の中を見つめながら教えてくれる。「最近の若者はこれをオン眉と言います」「おんまゆ?」「眉の上のところで切りそろえるからオン眉」

 ひとつ知識が増えました。パッツン、オン眉。



 今日は亡父の誕生日である。大正14年生まれの戦中派。令和元年の今年に生きていたら94歳である。義父がちょうど同い年で健在なのだが、この実父と義父、あまりに性格とライフスタイルが違っている。実父の方は運動万能、出歩くことが大好き。情に熱くて、短気で喧嘩っ早い一面も。

 そのせいか、若い頃に会社の上司と喧嘩して、それ以来フリーランス。71歳で亡くなるまでずっとひとりで仕事をしていた。彼がちょうど今の私の年齢と同じ頃、ようやく私も社会人として独立したのでそれ以降はスネをかじることもなくなったが、58歳から亡くなる71歳までの間も、たったひとりで仕事をし母親を養い続けた。年を取ってからもファッション関係の仕事をずっとひとりで続けるというのがどんなに大変だったことか。仕事の相手はみんな若い人ばかり。センスの古さを馬鹿にされて、屈辱的な思いをすることもあったろう。いや、そうでもないか。彼はよく仕事の接待にゴルフを利用していたが、企業の若い担当者をゴルフ場で遊ばせておきながら、ちゃっかり自分でベスグロ賞とか獲得していたし、若い人の中ではゴルフを教えてくれる大先輩として人気者だったのかもしれぬ。

 私は彼が36歳の時の子どもであり、彼が亡くなった1997年、私は同じく36歳になっていた。なにやら因縁深いことである。まあ、いずれにしても、少しばかり人生を生き急いだことは否めない父親。寿命の面でも短気すぎたのかもしれない。

 そんな彼が生まれた5月19日。昔も今も、町は新緑の、そして花々の香しい匂いで満ちている。今が盛りのジャスミンの花の香を楽しみながら、しばし亡父のことを想い出す。

jasmine

GR 18.3mm f2.8 of GRⅢ


 



 ミレニアムを迎える年に、自分は四十歳になった。若い頃、自分が四十歳になるなんてゼッタイにあり得ないと思っていた。そのくらい、四十歳というのは若さからはほど遠い年齢だった。だから、ノストラダムスの大予言はきっと当たるんじゃないかと思っていた。

 それから十年後、震災の年に自分は五十歳になった。で、あと二年もすれば六十歳になる。若い頃にはあり得ないと思っていたことが、情け容赦なくどんどん加速し更新されていく。

 人生100年時代。このまま六十を超え七十を超え、八十歳、九十歳になるのかもしれぬ。その時、自分はなにを思っているのだろう。八十歳の時の自分の生きがいとはなんだろう。その時、自分の頭の中にはなにが残されているのだろう。それまで自分が想ったことの断片がなんの脈絡もなく重なり合っているのだろうか。自分は、それまでの自分の感受性を誇りに思っているのだろうか。

 自分のことが一番好きなヤツのことをナルシストと呼ぶ。ナルシストは自分のことを格好いいと思っている。でも、その程度のことならたわいもないことである。一番タチが悪いのは、自分の感受性こそがイチバンだと思っているヤツのことである。

ナルシスト

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M10-P





 ボズ・スキャッグスが来日していたようである。御年74歳。

 ボズ・スキャッグス。AORの帝王。アルバム「ミドルマン」のジャケットはホントにカッコ良かった。当時の二十歳前後の男どもはみんな、このアルバムの曲をダビングしたカセットテープをセットして女の子をドライブに誘った。東京に実家のある友人は親に買ってもらった赤いスポーツカーで、地方出身の友人はバイトで貯めたお金で買った白い国産車で。いずれにしても、クルマがないとお話にならない。クルマを持ってないと(ゴージャスな)女の子にはモテない。で、海や山のリゾート地に行き、夜はディスコで踊るのだ。そして、チークタイムになれば必ずこの曲がかかる。



 あの時、チークダンスを踊ったカップルたち。そのほとんどはのちに別れ別れになり、そのうちの幾組かだけは奇跡的にゴールインした。

 いずれにしても。我々世代のアドレッサンスは、80年代、ボズ・スキャッグスの甘くて都会的な歌声とともに始まった。あれから30年余。いろんなことが積み重なって、我々はもうすぐ60歳を迎えようとしている。さすれば、我々の憧れだった兄貴分もおのずと74歳にもなるというものだ。

 ちなみに、私がこのアルバムの中で一番好きだった曲はこれ。



 I am falling, back into your spell, back into a cell of no return. No way to rescue me.



 五月。緑の中を歩いていると、甘い香りが鼻腔をついてくる。クチナシのような、でも、クチナシの花が咲くのはあと一ヶ月ぐらい先のことだ。薔薇だろうか? 

 クチナシでも薔薇でもなく、その甘くて、それでいてなんとも清涼感のある香りの主は、ウツギだった。

空木

GR 18.3mm f2.8 of GR Ⅱ


 空木と書く。たいがいの空木には匂いがないが、この梅花空木だけは芳醇に香るらしい。

 五月。一年のうちで一番ココロふくよかな季節。五月のことは全部覚えている。あの年の五月に自分が何を感じたのか、また別の年の五月に自分が何を思ったのか。今までの人生で、なぜだか五月のことだけは全部覚えている。

dawn

GR 18.3mm f2.8 of GR Ⅲ


 from driver's seat.




 ガルシア・マルケスの『百年の孤独』。読み返すのはこれで何度目になるだろう? 単行本で400ページ以上。そう易々と読み続けられる本ではない。毎晩寝る前に20ページぐらい読む。その結果、あまりの虚無感で塞ぎ込むように目を閉じてしまうか、あるいは、むせかえるような熱気で目が冴えて、ベッドを抜け出しそのまま朝を迎えることになるか。毎晩、確率はふたつにひとつ。
 さて、そんなガルシア・マルケスの『百年の孤独』。何度読み返しても、いっこうに読み終えた感じがしない。ますます無限ループのなかに迷い込んでいく気分になる。世代が変わっても登場人物たちは親の名前を延々と継いでいく。結果、途中から誰が誰だかわからなくなる。双子のような兄弟は容姿も性格も正反対。けれどもどちらも同じ女と同衾したりする。保守党と自由党の区別は付かなくなり、100歳を過ぎても生き続ける女もいれば、死んだ後も亡霊として生き続ける男もいる。

 若い頃は鮮やかなストーリーメイカーに憧れた。四十代までは巧みなストーリーテラーに脱帽した。でも、最近は、神話の時代のオーラルな物語に立ち返ったような、ストーリーウィーバー(story weaver ストーリーを紡ぐ人)に心ときめく。ガルシア・マルケスは間違いなくその筆頭の作家だと思う。

胞子

GR 18.3mm f2.8 of GRⅢ



 4月から始めている連載小説、5月篇をアップしました。こちらからどうぞ。

pond


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wisteria trellis

GR 18.3mm f2.8 of GRⅢ


 under wisteria trellis.




 ゴールデンウィークはどうやらずっと雨模様らしい。

rain


 雨に閉ぢ込められたまま、ジャック・フィニィの小説を読み進む。自己催眠で過去にタイムトラベリングする話だ。ジャック・フィニィは広告のコピーライターでもあったひと。彼が書く1940〜50年代のニューヨークの描写が好きである。

 いつものとおりの日だった。金曜日で、昼休みまであと二十分、勤務が終わる時間まで、そして週末まであと五時間、休暇まで十か月、定年まで三十七年ある。
ジャック・フィニィ/ 福島正実訳 『ふりだしに戻る(上巻)』(角川文庫)p.7


 こんな気分で戦後のNYの広告代理店に勤められるのなら、もう一度広告会社のサラリーマンをやってみるのも悪くないな、などと思ってみたりする。

 そして、同時に、G・ガルシア・マルケスを数年ぶりに読み直してみる。町中のひと全員が不眠症に陥る話が出てくる。

 この不眠症のもっとも恐ろしい点は眠れないということではない(体はまったく疲労を感じないのだから)、恐ろしいのは、物忘れという、より危険な状態へと容赦なく進行していくことだった。つまり、病人が不眠状態に慣れるにつれてその脳裏から、まず幼年時代の思い出が、つぎに物の名称と観念が、そして最後にまわりの人間の身元や自己の意識さえ消えて、過去を喪失した一種の痴呆状態に落ちいるというのだ。
G・ガルシア・マルケス / 鼓直訳 『百年の孤独』(新潮社)p.50

 眠れるどころか、一日じゅう目を覚ましたまま夢を見つづけた。そのような幻覚にみちた覚醒状態のなかで、みんなは自分自身の夢にあらわれる幻を見ていただけではない。ある者は、他人の夢にあらわれる幻まで見ていた。
同上 p.51

 過去を詳細に想い出す話と過去をすべて忘れ去ってしまう話。これらを交互に読み進めていくというのも悪くない、かも。

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